愛情と災厄

フランスの普段の棲家はアパルトマンである。
様々な歴史の流れで動く首都にあわせ、通勤するのにわずらわしくない、かつ知り合った相手を気軽に誘える場所を確保するため、小奇麗なアパルトマンを借りて、生活の場所にしていた。
だが、夏のバカンスの折、またはゆったりとした自分だけの時間がほしいとき、もしくは、特別な日……今日のように、特段の相手がいない己の誕生日などには、郊外にあるシャトーで過ごすのが密かな決まりだった。
戻っても生鮮食品は何もないから、買い込んで来た少量の、ただし極上の食材を持ってフランスは車を降りた。目の前に立つ、久しぶりの己の屋敷に目をやって、屋敷の手入れも必要かと思いながら古い鍵を取り出す。
中で待つのは、自分一人の、気ままでゆったりとした、快美な時間だ。日々のわずらわしい生活は全て忘れることができる。
そう思いながら鍵を回し、ドアを開いて……。
「おかえり兄ちゃん。これほどいて〜」
「………イタリア!?」
廊下に転がった、ロープでぐるぐるに巻かれたイタリアの姿を見て大声を上げた。
「ちょっ、お前何やってんの!?」
ここは他でもない、フランスの私邸である。何でこんな所に、しかも簀巻きにされたイタリアが転がっているのか。
とにかくも、縄が痛いとメソメソ訴えるイタリアに、食材を棚の上に置いて縄を解いてやる。泣き言を言い出したイタリアの口から、理論的に事情を聞くのが不可能なことはよく理解しているフランスである。
何だか見覚えのある、縄抜けできないような、ガッチリといやらしい結び目に、いやな予感がしつつ解いてやれば、イタリアはほっとして腕をさすりながら言った。
「あのね、俺達フランス兄ちゃんの誕生日をお祝いしに来たんだ〜。でも、俺が料理しようとしたら、『お前は大人しくしてろ』って言われて、止めようとしたら縛られちゃったんだよ〜」
「………それ、誰に?」
この行動、ロープの結び目の癖、そしてこの屋敷の存在を知っていて、イタリアが、そいつが料理するのを止めようとする面子………。それらの揃った条件と、今頃気付いた異臭に、心からいやな予感がしつつ問えば、イタリアはいつものほんわかした声で言った。
「イギリスとアメリカ!」
「俺のオーブーン!!」
答えを聞いた瞬間、大事に使ってきた調理器具の終焉の危機を察し、フランスは買ってきた食材とイタリアを放って家の中へと走った。
「お、おかえりフランス」
「おかえりフランス!待ってたぞ!」
リビングのドアを開けた瞬間かけられた声と、焦げを通り越した火事っぽい匂いに、フランスはその場にへたり込みそうになった。
イギリスは異臭を放つ黒い物体(多分ヨークシャー・プディング)の乗った皿を持ち、アメリカは何かごちゃごちゃした、不気味一歩手前の飾りを壁にぶら下げながらこちらを見ている……家主の許可なく入ったことに何の良心の呵責もなく。
……何でお前らここにいんの。何で勝手に入ってんの。何人様のリビングとキッチン、果ては俺の祝福すべき誕生日を台無しにしてくれてんの。
瞬時にそう文句が口から出掛かったが、フランスの中の、理性とかその辺のものがそれを押しとどめた。
相手は、曲がりなりにも自分を祝うために来てくれているのだ。……たとえその方法がどれだけ迷惑だとしても。
様々な事情やら歴史やらがあるとはいえ、何だかんだと彼らを弟のように思っているフランスである。頭ごなしに好意を否定するのはよろしくない……たぶん。
そう思い、とりあえず引きつった顔で、最初に浮かんだ疑問をぶつけてみることにしたフランスである。
「あ〜……、お前ら、どうやって入ったの?」
「ん?」
イギリスが、本日フランスが口に入れないといけないのだろう物体をセッティングしつつ眉を上げる。
「それ」
あごで指され、その先を視線で追ってみれば、落ちているのは……曲がった釘。
……俺、ちゃんとセキュリティ機能のある鍵に変えよう。
いくら一般人は立ち入れないようにしている私有地でも、立ち入れる立場の相手に軽く侵入されたら意味がない。
ガックリしながらフランスが決心するのには気付かず、アメリカはカラフルな(というよりもドギツい色の)飾りを大量に壁にくっつけて、椅子からおりた。……よく見たらその椅子はフランスが一番気に入っている布張りのもので、かつ土足で乗られて泥が付いていた。
ちょっとキレたくなりつつそれを眺めるフランスに、イタリアがひょこっと後ろから顔を出した。
「うわ〜。イギリスの料理、今日もすっごくマズそうだよ〜」
「………んだとコラ」
正確な批評に、イタリアを睨むイギリスを見て、そう言えばと台所の状態が気になった。
半ば以上、臭いによって状況を予想しつつ、ふらふらと中に入ってみると……思ったよりは状況はマシだった。調理台の上も、シンクも、既にきれいに整えられている。
どうやら、台所はきれいに使用してくれたらしい。……出来上がった物はともかく。
「損害はオーブンだけか……」
イギリスの料理は、食材をオーブンで過熱し、更に加熱して、ついでにもう一回過熱することによって作られる。彼が作るローストビーフの肉の固まりは、外側が炭で中がウェルダンだ。ミディアムとかレアと言う言葉はないのである。
まあ、壊れたわけではないから、掃除さえすれば元通りにオーブンも使えるのだが、大事な恋人に泥水をぶっ掛けられたような気分だ。
しかも最悪なことに、この後、このオーブンによって生み出された災厄は、己の胃袋に収まることになっている。
「……あああ、このワインをあけやがって……」
料理に使用したのだろう、半分になったワインボトルを見つけ、フランスは肩を落とす。今日のために大切に取っておいたシャンベルタンの半分は、現在テーブルに並べられた悪魔的なものに混入されたらしい。
……まあ、まだ半分あるからいいよね。お兄さん大人だから怒らない。泣いてないもん。うん、大丈夫大丈夫…。
何故だかぼんやりとけぶって見える視界は気にしないことにして、ついでに臭いと煤がこびりついた台所の壁紙のこととかも一応頭から追いやって、フランスは最悪な方法で半分に減らされたシャンベルタンを持ってリビングに戻った。
リビングではイタリアが、既に土気色の顔でテーブルについていた。黒っぽい何かがついたフォークを持っているところを見ると、どうやら実験台……いや、味見役にされたらしい。
この表情を、すぐ後に自分も浮かべるだろう事を予想して、フランスは常備薬(主に腹と頭関係)の備蓄を頭の中で確かめた。
「ほら、フランス。さっさと席に着けよ。……べ、別にお前のために作ったんじゃねえからな!俺のための作ったついでに食わしてやるんだからな!勘違いすんなよ!」
……うん。少なくとも俺のためにはならないよね。
こんなところでツンデレを発揮されても、お兄さん嬉しくないな、と思いながらも席に着くと、アメリカがすっくと立ち上がった。
「じゃあ、まずはケーキからだ!」
ケーキを取ってくるぞ!とアメリカは台所に走っていった。
誕生日パーティの順序としてはまあ、間違っていないだろう。ろうそくを何本立てる気なのかは気になるところだが。
「………あー、ケーキ。ケーキ、ねえ……」
半ば虚ろにフランスが呟く。イギリスの手製なら、生焼けかパサパサかの二択だ。できれば、できる限り、既製品であってほしい。自分(とイタリア)のために。
フランスの思いが通じたのか、アメリカが持ってきたケーキは包装された既製品だった。
……良かった。手作りじゃなければ、とりあえず食える。
包装紙に書かれたロゴは残念ながらフランス語ではなく英語だったが、王国のお菓子ならば悪くない物もある。そう思って、フランスは胸を撫で下ろしかけた……が。
「ケーキの担当は俺なんだぞ!フランスんちの国旗柄を特注したんだ!」
現れたのは、明らかな人工色の、トリコロールに色分けされたクリームケーキだった……合衆国製の。
「うわぁ〜、すっごい色してるよ〜……」
「……うん…」
イタリアの顔色が更にヤバいことになるのも当然だ。明らかにフルーツを混ぜたりした物ではない、ケミカルな赤と青のバタークリームは、口に入れるのも恐ろしい。
……何で、クリームに色をつけるときにフルーツじゃなくて食紅を投入したがるの、この子。
きっと電気を消したらどの色かは光るのだろう。悲しい思いで、自国の国旗を模されたケーキに立てられた、ぶっとくて派手なオレンジ色のろうそくの炎を吹き消す。
怒る気力もない破壊力だった。……何で、せめてイギリスんちで買ってくんないの?嫌がらせ?
クリームの左側と同じくらい真っ青になるフランスには全く気付かず、アメリカはニコニコ笑ってケーキにナイフを入れた。
「スポンジもちゃんと三色なんだぞ☆」
自慢げに言われた言葉と、見せられたケーキの断面のケミカルな色に、フランスは気が遠くなるのを感じた。
相手が100%善意でやっていることが、呪わしい。
……来年は、自分で、自分の料理でパーティ開いて、みんなを呼ぼう。そうしよう。
そう決意するフランスは、そもそも今日を無事に越えられる自信がなかった……。




実際はフラ兄は第一段階でブチキレ、文句も言うという選択肢もある気がしますが、あえてここは、最後まで何も言えず、「うん、アリガトネー……」と虚ろに言う方の選択肢で。
コンセプトは『フラ兄がカワイソウな話。愛はある方向で』でした。

2009,07,14



+ブラウザバックで戻ってください。+

[PR]動画