聖夜と恋人と最終兵器

クリスマスも後1週間に迫ったある日、アメリカはイギリスの携帯へ電話をかけた。
『Hello?』
「やあイギリス」
『ああ、アメリカ。どうかしたか?』
遠くに聞こえてくるのは恐らくテレビの音だろう。くつろいだ声に、アメリカは明るい声で言った。
「うん。クリスマスの事なんだけど」
『ああ。どうせ今年も派手にパーティーでもやるんだろ?出席してや……』
「違うぞ!今年は2人きりで過ごすんだ!」
『……え?』
アメリカとイギリスが恋人同士になってから、今度が初めてのクリスマスだ。誰がその他大勢と一緒に過ごしたいと思うんだ、と恋人の鈍さに内心ちょっと呆れながら、アメリカはくすくす笑う。
「だから、今年は2人きりで過ごすんだぞ。恋人同士なんだから当然だろ?」
『こっ……!』
電話の向こうでイギリスが言葉を詰まらせる。恋人になってもう何ヶ月もたつが、いつまで経っても恥ずかしがるのだ。
「パーティーなんてしないで、2人でいちゃいちゃするんだぞ!だから俺の家に来てくれよ?」
そう言いきれば、電話の向こうはもごもごと何か呟いたようだったが、よく聞こえなかった。
『……わ、わかっ、た。お前んちに行けばいいんだな?』
「うん。あ、ご飯は作らなくていいぞ?もうケータリングのオードブルとピザを注文したから」
『お前、そんなに俺の作る飯が食いたくないのかよ!』
当たり前だろう、とつい言いそうになるのを我慢して、アメリカはわざとすねたような声を出した。
「だって、料理をしてる間は俺はリビングで一人ぼっちなんだぞ?それより何か買って、2人の時間を増やすほうが建設的じゃないか!」
『あ……』
イギリスがちょっと恥ずかしそうに言葉を詰まらせる。
もちろん、この台詞はアメリカが考えたものではない。日本が『こう言えばいいですよ』と教えてくれたものだ。
『……し、仕方ねえなあ。お前んとこのメタボなオードブルで我慢してやるよ』
照れたイギリスの言葉に内心ほくそ笑む。
ありがとう日本。今度『オトシダマ』をもらいに遊びに行ってあげるぞ。日本のおじいちゃんはそうしてあげると喜ぶんだよな?
そう心の中で思いながら、アメリカは朗らかに言った。
「うん!じゃあ、クリスマスイヴは待ってるぞ!」
『ああ、分かった。……じゃあ、な』
「ああ。愛してるよ、イギリス!」
『!……あ、ああ。……おやすみ!』
返答こそもらえなかったが恥ずかしそうな声を聞けて、アメリカは満足そうに電話を切った。


クリスマスイヴ当日。
アメリカは自宅への道を制限速度ギリギリで飛ばしていた。
今日に限って、定時になる直前に仕事が降ってきたのだ。全くついていない。
マッハの速度でそれを片付け、渋滞をくぐり抜けて家に帰ると、リビングとキッチンに明かりがついていた。イギリスには合鍵を渡してあるので、先に入って待っているのだろう。
急いでガレージに車をねじ込み、それでも深呼吸して余裕を持って来たようにつくろってドアを開けると、何だか焦げ臭い匂いがした。
何も作らないでいいと言ったのに、何か兵器を製造しているらしい。
それでも、今日だけは美味しいといって食べよう。甘い夜を過ごすために。そう決めて、アメリカはキッチンを覗いた。
「イギリス?」
キッチンにイギリスの姿はなかった。コンロの上には、とろ火にかけられたスープ鍋がある。
どうやらこれが匂いの原因かと思って覗き込めば、中にはこげ茶色でとろみのついたスープが入っていた。
「ワオ。ビーフシチューか」
少々焦げている匂いはあるが、これなら美味しそうだ。自分はクリームシチューの方が好みだが、と思ってうきうきと鍋のふたを戻そうとすると、後ろからスリッパの音が聞こえてきた。
「アメリカ。お帰り」
「ただいまイギリス。ごめんよ、遅くなって」
「いや。待ってる間に掃除とかしといたから」
お疲れ、と言いながら笑う恋人に、アメリカはたまらず抱きついた。
何しろこの1ヵ月半全く顔を合わせていない。久しぶりに会えた事だけで幸せだ。
「お前、ほっぺ冷たい」
「だって寒かったんだよ。今夜は雪が降るかもね」
くすくす笑いに応えながら頬に口付けると、遠慮がちに同じように返される。たまらなく幸せだ。
「あ、オードブルとピザは届いたから、ダイニングに並べといたぞ」
「うん。シチューも作ってくれたんだね」
くっついたままで言えば、イギリスは嬉しそうに微笑んで言った。
「ああ。何かスープがあったほうがいいと思ってな。お前好きだろ?クリームシチュー」
「ああ。………ん?」
頷きかけて、アメリカは聞き捨てならない単語にピクリと眉を動かした。
「……ねえ、あの鍋の中身って………?」
「クリームシチューだよ。寒かったんだろ?いっぱい食べろよ」
……クリーム?ビーフじゃなくて?
思わず問い返さなかった自分を褒めてやりたい。
だって、あのシチューの色はどう見てもビーフシチューのそれだった。
それは、つまり。
真っ黒になるほど、焦げていると言う事で……。
「………うん。………楽しみだよ」
どんな奇想天外な味なのか。
そう思いながら、アメリカはそれでも絶対に耐え抜こうと己に誓うのだった。
……その後、シチューをたいらげたせいで腹痛を起こしたアメリカが、クリスマスを甘く過ごせる事はなかった。



mixiにてクリスマス用に書いたもの。

2008,12,25



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