お年玉

ニューイヤーカウントダウンが行われた翌日。
アメリカは、太平洋を隔てた友人の家の、『本田』という表札が掛かった門を、インターフォンも鳴らさずにくぐった。
ロープを編んで作られた飾り(確かシメカザリとか言うものだ)のついた玄関には目をくれず、迷いなく庭へと回る。
そうして、縁側のガラス戸をガンガンと叩いた。
「日本!にーほーん!遊びに来たぞ!」
大声で呼ばわれば、すぐさま障子が開かれ、友人が姿を見せる。
「……いらっしゃい、アメリカさん」
何か言いたげにしながらも、日本は穏やかに言った。
「やあ、日本!A Happy New Year!……て、イギリス!?」
ニコニコと挨拶をしかけて、日本の後ろから覗きこんできた顔に目をまん丸にする。
そのアメリカの姿を認めて、イギリスは。
「ちゃんと玄関から入って来いバカ〜!!」
アメリカの恋人は、その矮躯からは想像もできないほど大きな声で怒鳴った。


「何でここに君がいるんだい?」
とりあえずはと中に通され、コタツの中に足を突っ込むなり、アメリカは湧いた疑問をそのまま口に出した。
その第一声に、イギリスはいやそうな顔でアメリカを睨む。
「俺はちゃんと日本に招かれてきたんだ。お前と違ってな」
「新年早々、イギリスさんとの話し合いがありまして。折角足を運んでいただいてそのままお帰りいただくのもなんですから、ご都合がよろしければとお誘いしたんですよ」
日本が緑茶を差し出しながらおっとりと補足した。イギリスの空になった湯呑みにも新しいお茶を注ぎ足している。
出されたお茶に礼を言って、口に運ぶ。寒い中を歩いてきたので、温かいお茶が嬉しい。
「で、お前こそ何しに来たんだ?」
イギリスも湯呑みに手を伸ばしながら尋ねる。若干低い声は、まだ玄関から入らなかったことを怒っているらしい。
不機嫌な声音を無視して、アメリカは勝手にお茶菓子に手を伸ばしながら笑った。
「オトシダマをもらいにきたんだぞ!」
「オトシダマ?」
「日本の家は、オトシダマをもらいに行ってあげるとおじいちゃんが喜ぶんだぞ!」
だから来たんだぞ!と胸を張るアメリカに、日本はひくりと頬を引きつらせた。
……それは、孫に会える事が嬉しいのであって、けっしてお年玉を渡すこと自体が嬉しいわけではないんですよ。
そう言ってやりたいが、言う前にアメリカが右手を突き出してきた。
「と言うわけで、日本。オトシダマをくれよ!」
ニコニコ言うアメリカに、日本は困ったように笑った。
「はあ。お年玉、ですか」
苦い笑みで言った後、日本はふと何かを思い出した顔で立ち上がった。
「準備してきますから、ちょっと待っててくださいね」
言い置いて、一度茶の間を出て行った。
「お待たせしました」
すぐに戻ってきた日本は、丸くて白い物を手に乗せていた。
「あれ?これお餅だろう?お金じゃないのかい?」
アメリカが指差して言うのに、日本はニッコリと笑った。
「ええ。これが本来のお年玉ですよ。お金を渡したり、お菓子などの物を渡す場合もありますが、元々は一年の健康を願って、年神様に捧げたお餅を配るのが慣わしです」
200歳以上の、普段散々振り回してくれている子供に渡すお年玉などこれで十分だ。
「アメリカさんも、早く健康を取り戻してくださいね。全世界のためにも」
ニッコリとした笑みが棘を持っているのは、金融危機のあおりで体調が悪いせいと言う事にしておこう。
折角ですからここで焼いて食べましょうね、と日本はストーブの上に乗せてあった薬缶を横にずらして餅を三つ並べた。
不思議そうにしながらも何も言わないアメリカに、日本は更に畳み掛けるように言った。
「ついでですから、我が国のお節……、正月料理も召し上がりますか?」
「ああ!食べたいぞ!」
すっかりお年玉への疑問も頭から消えたようだ。
ちょろいですね、とは内心のみで思って、日本は再度立ち上がる。
「では、用意してきますから、お二人はごゆっくり」
「ああ、悪いな、日本」
イギリスがすまなそうに言うのへ笑みを返し、日本は台所に入った。
それを見送って、アメリカはイギリスに視線を向けた。
「年明け早々仕事だったんだ?」
「ああ。おかげでほとんど家に帰ってない」
クリスマスをアメリカの家で過ごしたイギリスは、自分の料理のせいで腹痛を起こしたアメリカの看病をしてくれていたが、仕事があるからと帰宅したのだ。
その顔を見て、アメリカは唇を尖らせた。
「カウントダウンも一緒にしたかったんだぞ」
恨めしげに言えば、イギリスは微かに目元を染めた。引き留めるアメリカに、後ろ髪を引かれていたのはイギリスだって一緒だったのだ。
「し、仕方ねえだろ。仕事だったんだし」
「分かってるよ」
そんなこと、と言いながらも、アメリカは面白くなさそうな顔をする。
「でも、年の変わる瞬間に、俺の事考えてて欲しかったんだぞ」
「アメリカ……」
すねた声で言えば、イギリスは少し感動したように赤い顔でアメリカを見つめた。
その赤くなった顔の向こうに、焼けて少し膨らんできた餅を見て、アメリカは不意ににやりと笑った。
「なあイギリス。君も俺にオトシダマくれよ」
「は?俺、餅なんか持ってねえよ」
突然の言葉に目を丸くしたイギリスに、少しだけ顔を近付けながらアメリカは笑う。
「別に、現物支給でもいいんだぞ」
「え?」
キョトンとするイギリスに、アメリカはニッコリと笑って見せる。
「キスでいいよ」
君からね。そう言って笑えば、イギリスの顔が一気に真っ赤になった。
「なっ……!おま、な、何いっ………!」
「だっていつも俺からばっかりじゃないか!」
したいからしているのだから別にいいが、一方的にするばかりでは不公平だ。
「たまには、君からプレゼントしてくれてもいいと思うぞ!」
「あ……」
そう言われてしまえば、イギリスは黙るしかない。
「イギリス。ほら!」
言いながら、アメリカは自分の下唇をつついて見せた。
「う………」
イギリスは許しを請うように数秒アメリカを見ていたが、更に唇をつついて見せると顔を赤くしたままコタツに手を突いた。
「し、仕方ねえな。……お、オトシダマだからな!」
「ん。」
身を乗り出して来たイギリスの顔は、一瞬だけ近付いてすぐに離れた。
ほとんどしたのかどうかも分からないほどだったが、間近にある真っ赤になった顔を見てそれもまたよしとする。
「今年こそカウントダウンに付き合うんだぞ!」
言えば、イギリスはまだ顔を寄せたまま、物言いたげにアメリカを見つめた。
「分かったよ。分かったから……」
「うん」
せがむ唇に、アメリカは上機嫌で口付けた。


そんな二人のいる部屋の廊下では。
「さて……。私はいつ戻ればいいんでしょうねえ」
一部始終を聞いていた日本が、お節を載せたお盆を抱えたまま、戻るタイミングを計れずに立ち尽くしていた。
彼が戻れたのは、ストーブの上の餅が焦げて香ばしい匂いをさせ始めてからだった。


mixiにて新年用に書いたもの。

2009,1,3



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