Good night,Mr!

上司に連れられていったパーティは中々に盛況だった。
政界・財界だけではなく、幅広い層の人間が入り混じっているらしい。広く取られているダンスフロアも、多くの人が笑いあっていた。
そんな喧騒の中から、イギリスは一人の青年……いや、一『国』の姿を見出した。
そうして瞬時に、こんな人ごみの中からでも『彼』を見つけ出せる自分がいやになった。
自分から話かけることはしない。そんな事はするはずもない。
何故なら、『彼』……アメリカと自分は、2週間前にケンカしたばかりなのだから。


上司にひとしきり社交につき合わされた後は、ひたすら壁際で一人ぽつんと立ち尽くすばかりだった。
貧相な男が一人、これでは『壁の花』と呼ぶにもみすぼらしいだろう。
手持ち無沙汰で受け取ったグラスのカクテルを舐めながら、視線が勝手に人ごみの中を泳ぐ。
アメリカは、上司に笑いながら背中を叩かれて談笑し、目の前の少女にグラスを取ってやっている。
少女に笑いかける笑顔はいつもの朗らかなものだ。
……中々かわいいじゃないか。せいぜいうまくやればいい。
そう思って、一気にブルーのカクテルをあおった。口当たりがいい、甘めの物を選んだはずなのに、その後味の甘さに何故か苛立つ。その理由に思いあたりたくなくて、今度は辛口の白ワインに手を伸ばした。
多くの人がごった返していると言うのに、誰とも話さずにいるとまるで広い空間に一人ぼっちでいるような気になるのは何故だろう。
上司は東欧の外交官と歓談中だ。あの中に混ざるのはいいが、どうせ今の自分では話に熱中できるとは思えなかった。
ダンスホールに視線をやる。特に見知った顔は踊っていないのを確認して、安堵した自分に眉間に皺が寄った。
……特に誰かを探してたわけじゃない。
そう思ったはずなのに、好物のはずのローストビーフが何故か味気なく思えた。
誰かと話したり踊ったりせずに、ただ立ち尽くすのみの時間は、ひどく長く感じた。何度も時計に目をやるのに飽きた頃、やっと司会の渋い声が言った。
「では、次の曲がラストダンスとなります。どうぞ意中の方とご一緒に」
……ここには社交で来ているのだ。特に意中も何もない。
思いながら、ちらりと眼鏡の奥の空色が頭をよぎった。
……馬鹿馬鹿しい。男同士でダンスなんて、踊れるはずがない。……いやいや、そもそもケンカ中に何を連想しているんだ。
自分の思考に呆れ果てて、バルコニーで頭を冷やすか、と足を踏み出しかけた。すると、近くにいた女性と目が合った。
「貴方もお一人?」
落ち着いたハスキーな声は、自分の外見年齢よりも幾分上だろうか。晴れた夏の日のような空色の瞳が、メタルフレームの眼鏡の奥、ひどく優しげに微笑んでいた。
「よろしければ、一曲踊ってくださらない?ラストダンスに独りきりは寂しくて」
そう言われて、反射的に笑みを作った。
女性に恥をかかせるべきではない。
……そう、別に瞳の色に心引かれたわけではない。
何故か自分自身に言い訳がましくそう思いながら頷きかけた瞬間。
「イ……、アーサー!」
不意に腕を掴まれて、聞きなれた声にびくりと体を震わせて振り向いた。目前には、明るい空色。
「アッ……!」
呼びかけそうになるが、目の前にある青年の激しい表情に言葉が出なかった。
何も言えずにいるイギリスに、ダンスを誘った女性も同じくあっけに取られた表情でいたが、不意に破顔してヒールを鳴らした。
「じゃあ、また機会があったら」
「あ……」
ふわりと微笑んで去る女性に何も言えぬまま、その後姿を見送った。
「もったいねえ……」
……美人だったのに。多分。顔なんかほとんど見てないけど。
そう思いながら呟いて、掴まれたままの腕に気が付いた。
「……何しに来たんだよ」
がっちりと腕を掴む大きな手を睨みながらボソリと言えば、少し掴む力が強くなった。
「彼女は君の『意中の人』じゃないだろう」
強く腕を掴むくせに、何故か優しげな、自信げな声で言われて、ひどく苛立った。
「別にいいだろ、そんなの」
腕を引いて離そうと思うが、がっちりと掴んだ手は離れようとしなかった。
「離せよ」
「放さない」
不遜なその声に、思わず顔を上げれば、目の前には楽しげな笑みがあった。
「おい」
「ラストダンスだろ?」
ぐい、と手を引かれ、そのままダンスフロアにまで引っ張り込まれた。
驚いて目を丸くする間に、流れるような動きで勝手にホールドの体勢を作られる。
「踊らないとぶつかっちゃうぞ?」
「なっ……」
文句を言う前にステップを踏まれてたたらを踏んだ。その拍子に、上司の呆れた表情がこちらを見ているのを視界に納める。
「……くそっ」
どうにでもなれ、と半ば自棄になり、リードを奪われたままステップを踏んだ。その様を、アメリカは小さく笑う。
ダンスに誘うだけのことはあり、相手のリードはしっかりとしていた。それが嬉しい自分がひどく苛立たしい。
ターンの瞬間、引き寄せられた耳にぼそりと囁かれた言葉に、イギリスは目を見開いた。
それは、自分が、意地を張って言えなかった言葉。
「……ああ、もう」
しょうがねえな、という言葉は、浮かんだ笑みに溶けて消えた。


長い一曲も、踊ってみればあっという間だった。
「……男同士でダンスなんて、ただの見世物じゃねえか」
飲み物を受け取りながら、照れ交じりに思わずそうこぼせば、
「誰も見てないよ」
あっけらかんと答える声。楽しそうな。
見られてたんだよ、とは言えず、イギリスはグラスを口に運ぶ。
すっかり苛立ちは鳴りを潜めていた。ブルーのカクテルの、甘い口当たりが美味しい。
そんな現金な自分が恥ずかしく、ただ黙々とグラスを傾けていれば、人ごみを縫って上司が近付いてくるのが見えた。
先ほどの呆れ顔も、自国民ならではの自制でもって見事に覆い隠している。
「いや、素晴らしいリードでしたね」
本気か否か、笑顔で上司が言えば。
「そうかい?嬉しいよ」
こちらも分かっているのかいないのか、アメリカも笑顔で返している。
「ところで、彼をこれから連れて行っても?」
突然そんな風に水を向けられ、イギリスは危うく吹き出しそうになった。
「構いませんが。どうして?」
「おい!」
本人の同意もなく済まされそうな気配に声を上げると、アメリカはニッコリと笑って言った。
「2週間分のブランクを埋めにね!」
それを聞いて、イギリスの瞳が大きく見開かれた。一気に反発する気がしぼむ。
何も言えないでいるイギリスの手をそのまま取って、アメリカは上司に片手を上げて見せて歩きだした。
「アメ……」
思わずついて行きながら声をかけようとした。だが、目の前の横顔が、ひどく嬉しそうなのを見つけて、反論できなくなる。
「良い夜を、ミスター!」
「ああ、君もね!」
そう言い合いながら、アメリカがぎゅっと手を握ってくる。
その力強さに、仲直りのきっかけを作ってくれた事を思って、イギリスはごちゃごちゃと言うのを止めた。
自分よりも大股で歩くアメリカに、少しだけ早足になってついて行きながら、イギリスはこっそりとその手を握り返した。


mixiのキリ番用です。
キリ番ゲッターユクコ([∂]ω[∂])さんに捧げます。

2009,1,8



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