雪の日

雪なんて大嫌いだ。
昨夜半に切れたトイレットペーパーを買いに、2時間かけてデリまで歩いていってきたアメリカは、白く凍るため息を吐き出した。
そもそも、冬自体が嫌いだ。クリスマスが終わったら何もすることはないし、周りの景色も何だかくすんで面白みがなくなる。寒くて毛布から出るのすら億劫だ。
……それに、会いたい人には会えないときっぱり断られるし。
それは冬とは全く関係ないことではあったが、それもこれも冬のせいに思えてきて、アメリカはむっつりと鼻をすすった。すでに寒さを通り越して鼻の感覚があまりない。
ついでにお菓子やコーラも買い込んだので、ずっしりと重い買い物袋を抱えて雪の積もった道を歩いていると、2回滑って転びかけた。
追い討ちのようにさらに雪が舞いだして、もう餓死寸前になるまでは外出するもんか、と決心しながら自宅が見えるところまで来たところで、自宅の門の前に誰かが立っているのに気付いた。
そのシルエットが、見慣れた、そして焦がれた相手のものだと気付いて、先ほどまで引きずるように歩いていたのに一気にダッシュした。
「イギリス!」
堪えきれずに相手の名を呼ぶ。すると、相手は寒そうにマフラーに埋めていた顔を上げて微かに目元を緩ませた。
「よお、アメリカ」
そう声をかける顔がひどく青白い。
「君、いつからそこにいたんだい!?」
「い、1時間半くらい、かな」
歯の根が合わない声で答えられ、アメリカの眉が上がる。自分が出かけてすぐに来て、ずっと外で待っていたのだ。
「何で合鍵を使わないんだい!」
「忘れちまって……」
バツが悪そうに答える声に、よりによって氷点下の場所に来るのに忘れないでくれよ、と思いながら、急いで鍵を開けた。
凍えた体を抱き込むようにしながら、アメリカはイギリスを家の中に連れ込んだ。


毛布でぐるぐる巻きにしてヒーターの前に座らせる。
風呂にお湯をためながら、くしゃみを聞きとがめて眉に皺を寄せた。
「雪も降ってるのに、こんな寒い中でずっと待ってるなんてバカだぞ!」
プリプリと怒りながらリビングに戻ると、毛布の固まりはもう一度くしゃみをした。
「だって、お前があんな電話よこすから」
ヒーターに両手を差し出しながら、イギリスはふてくされたように言った。
その返答に、怒っていたアメリカの目が丸くなる。
5日ほど前、アメリカはイギリスに遊びに来ないか、と電話をした。
冗談めかして、面白いDVDがあるから一緒に見ないかと誘ったら、忙しいからとあっさり断られたのだ。
それによってアメリカの機嫌は一気に下降したのだが、まさかあんなに軽い誘いで本当に仕事を片付けて会いに来てくれるとは思わなかった。
「それで、会いにきてくれたのかい?」
問えば、イギリスはふわりと微笑んだ。
「お前があんな風に呼ぶときって、寂しいときだろ」
思いも寄らない言葉に一瞬虚をつかれた後、アメリカはそっぽを向いた。
「……違うぞ。ただ暇だっただけなんだ」
「ふうん」
相槌は何でもお見通し、と言わんばかりで口惜しかったが、正直思い当たる節があったのでアメリカは何も言えぬまま唇を尖らせた。


イギリスが風呂から上がる頃には、外の天気は軽く吹雪に変わっていた。
「吹雪いてきたけど、帰りは大丈夫?」
さすがに寂しいと思っただけで呼びつけた上に仕事に支障をきたしてしまってはまずい。
温かいココアを手渡しながら尋ねると、乱暴に髪をタオルで拭きながらああ、と返された。
「こんなこともあるかと思って、休みもぎ取ってきた。まあ、3日しても帰れないようならまずいけどな」
どかっと乱暴にソファに座りながらそう言うのへ、アメリカは嬉しさを表に出さぬよう努力しながら、意地悪く笑った。
「そこまで周到に用意しておきながら、鍵は忘れるんだ」
「うっ、うるせえな!たまたまだ!」
「君、俺んちの鍵忘れたの何回目だか分かってるかい?教えてあげようか?」
「う……」
言葉を詰まらせて赤くなるイギリスに笑って、アメリカはまだ少し濡れているイギリスの髪に手を伸ばす。
「アメリカ?」
「……いっそ積もって、1ヶ月くらい空港が閉鎖すればいいのに」
ぽつりと言えば、イギリスの目が見開かれる。
ずっとここにいればいいのに。そう暗に告げれば、髪を撫でる手には抗わずにバカ、と呟かれる。
「……俺は困るんだよ」
微かに照れの混じった声。ぶっきらぼうな言い方をするときは、大抵本心ではないのだとアメリカは知っている。
「うん」
微かに笑いの混じった声で頷けば、イギリスは髪に触れる手にそっと頭をもたれさせてきた。
「どんどん積もっちゃえばいいのに」
「バカ。飢え死にするぞ」
「平気だぞ。食料はたくさんあるんだ」
言葉遊びと分かっていながら、半ば本気の言葉をアメリカは口に出していた。
雪は景色を白く塗り潰すほどに降りしきり、1人の(あるいは2人共の?)望みのまま積もり始めていた。
ヒーターの音だけが、テレビもつけていない室内に響く。雪が音を吸うせいか、外の音は聞こえない。
まるで、2人だけ世界から切り取られたようだ。
それは錯覚だと分かっているから、アメリカはもう1度、決して叶わない望みを冗談めかして口にする。
「ずっと降り続ければいいのに」
「……バカ」
返された言葉は、ひどく甘い響きだった。それに笑って、アメリカは空いたほうの手で近くにあったお菓子入れからマシュマロを2つつまんで自分のココアのカップに落とした。
白くて真ん丸いマシュマロは、ココアの上でスノーマンのようにくっついた後、ゆっくりと溶けて消えていった。
まるで本物の雪のように。
「……また、休み取って来てやるから」
ぽそりと言ったイギリスに視線をやれば、彼も寂しそうな目をしていた。
「べ、別に、俺が寂しいとかじゃないからな!お前のためなんだからな!勘違いすんなよ!」
それでも、出てくるのはお決まりの素直じゃない言葉だ。
「うん」
それがおかしくて笑いながら頷けば、相手はカップで赤くなった顔を隠した。
その様を笑ったまま見つめていたアメリカは、不意に面白いものを見つけたように笑みを深くした。
「うん、まあ、いつまでも先のことを考えても仕方ないよな!今を楽しもう!」
言って、イギリスの手からカップを奪い取った。それを傍らに置いて、アメリカは身を乗り出してイギリスの首筋に顔を埋めた。ぶかぶかのアメリカのシャツを着ているから、そのまま鎖骨まで唇を下ろす。
「なっ、ちょ、おい!何して……!」
「外は雪だし、寒いから外には出られないし、折角の2人きりだし」
できることは限られてるだろ?と言えば、イギリスは困惑げに肩を押し返してくる。
「ちょっ!いきなり……」
「嫌かい?」
反論は聞く気もなくボタンを外しながら問えば、目の前の首筋が赤くなった。
「だっ……て、まだ、昼間だし……」
「すぐに気にならなくしてあげるぞ」
そのまま体重をかけたら、あっけなくイギリスはころりと後ろに倒れた。
目を白黒させている彼に笑って口付けると、甘いココアの味がした。きっと自分も同じ味だろう。
陥落させるように、甘えるように、何度か頬やこめかみに口付けると、視線をうろうろと泳がせたイギリスはおずおずと腕をアメリカの首に回した。
ぴっとりとくっついた体は、風呂上りでほんのりと温かい。
なんだ。雪も悪くないじゃないか。
その体温の心地よさに目を細め、アメリカはそう思いながらもう一度イギリスの唇に口付けた。


mixiのキリ番用です。
キリ番ゲッターカナト雲@米英で3杯さんに捧げます。

2009,1,8



+ブラウザバックで戻ってください。+

[PR]動画