Only You

いつも通り、昼休みが始まってすぐにイギリスは欧州クラスから廊下へ出た。
普段ならば、そのまま生徒会室へ直行するところだ。だか、彼の足は生徒会室とは違う方向に向かっていた。
手にしているのは、小さな紙袋だ。昼食が入っているにしては、いささか大きさが足りない。袋の口からは、なにやら上質そうな紙が覗いている。
その紙袋を矮躯で隠すようにして、彼は、いつもの生徒会室でも、食堂でもない方向へと、恐る恐るといった足取りで進んでいく。
今日は、2月14日。
言わずもがなのバレンタインデーである。
今日は学校中から、チョコレートや花の香りが漂っていた。
その匂いが、イギリスが大事に抱きしめている紙袋からもほのかに漂っている事に気付けば、彼の植民地は皆怪訝な顔をしただろう。
何しろ、悪名高い生徒会長であるイギリスが、である。
弱肉強食、喧嘩上等の彼が、ちょっと自信なさげな素振りで、自分が用意したらしいチョコレートを携えている。あまりに普段のキャラと違いすぎて、セーシェルあたりが見たら『何かいつも以上にキモいんですけどこの眉毛』などと暴言を吐きそうな素振りだ。
それでもまだ、欧州クラスのいくつかの国と亜細亜クラスにいる1国は、そんなイギリスの姿を見咎めても、したり顔で(もしくは面白がっているニヨニヨした顔で)見守るだろう。
そう。彼がこうなってしまう相手が、この学園の中にも唯一存在することを知っている者が見れば。


早く行かないと、食事を取りに外に出て行ってしまうかもしれない。
そう思っても、イギリスの足はなかなか前に進まなかった。
手にしているのは、10日ほど前に購入したチョコレートだ。
手製のものを用意しようと考えたが、イギリスは調理室への立ち入りを全面禁止されている(理由は言わずもがなだが、本人は納得がいかない)。なので、恋人が……アメリカが好むような、惑星をデザインしたチョコレートを用意していた。
渡り廊下を抜け、階段を過ぎれば、たどり着くのはただ1つのクラスだ。
焦りながらも前に進むのが恥ずかしいような、怖いような気持ちで進むイギリスは、目的地まであとちょっとという所まで来て足を止めた。
目的のクラスの前で、アメリカが女子生徒と話しているのを見つけたからだ。
女子生徒が誰なのかは後姿では分からないが、金髪であることで欧州クラスか亜米利加クラスであろうと分かる。彼女は、可愛らしいラッピングの包みを手にしていた。
イギリスはとっさに、さっき曲がってきた角までこっそり戻ってその様子を窺った。
アメリカは、にこやかに女子生徒と話している。
持っている箱のセンスからして、アメリカが女子生徒に渡したものではないのだろう。女子生徒がアメリカに渡すべく持ち寄ったものだ。
それを観察して、イギリスはちょっとだけほっとして成り行きを見守った。
アメリカがチョコをもらうのは、別になんとも思わない。アメリカはルックスもいいし、アバウトで自己中心的なところはあるが、基本的に誠実だ。渡したい相手に選ばれるのも頷ける。
だから、イギリスはあくまでも女性に対するマナーとして、告白の邪魔だけは避けようと様子を窺っていただけだった。……そう、別に、『誰かの次に渡すんだったら緊張感なく渡せるかも』という姑息なことを考えたわけではない。けっして。
こっそり自分自身に言い訳しながら、イギリスはそれが終わるまで見届けることにした。
だが。
「ごめんよ。今年は受け取らないことにしてるんだ」
目の前でアメリカがそう言ってチョコを拒否したのを見て、イギリスは固まった。
女生徒が渡すだけでも、と言っても、アメリカは首を縦に振らない。
その様を信じられない気持ちで見つめて、イギリスはショックのあまりその場で泣きそうになった。
だって、付き合い始めて初めてのバレンタインなのだ。
アメリカが自分の後を追うように入学してきて、散々からかわれた後に弾みのように告白されて、その後は腹を決めたように延々とアタックされて、周りを巻き込みまくって、半年かけてやっと受け入れて。
そんなこんなで恋人になって、初めてのバレンタインなのだ。なのに、ダイエット中なのか、何か変なものでも食べたのか、アメリカは大好きなはずのチョコを受け取らないと言う。
イギリスは目の前が真っ暗になってその場に呆然と立ち尽くした。
やがて女子生徒が諦め、しょんぼりしながらこちらに歩いてきているのに気付いて、はっと我に返って今歩いてきた風を装う。見られていたなどと知られれば、彼女に恥をかかせることになるからだ。
結局、しょんぼりした女子生徒はイギリスの存在に気付くことすらなくすれ違って階段へと消えていった。
学園中が昼食時のざわめきに包まれている中、イギリスは1人取り残されたような気持ちで手の中のチョコレートを見下ろした。
地球・土星・太陽をデザインしたチョコのセットと、太陽系の惑星・ブラックホール・キューピットをイメージしたチョコレートが一列に並んで入ったもの。それが入った箱が、紙袋の中、イギリス手製のメッセージカードとともに並んでいる。どちらにしようか迷って、結局どっちも買ってしまったのだ。
きっといろんな国からもらったチョコに埋もれるだろうが、それでも天体好きのアメリカが気に入るだろう、物珍しさに目を輝かせてくれるだろうと思って買ってきたのに、差し出す前に拒否の声を聞いてしまった。
がっかりして、イギリスはとぼとぼと近くにあったゴミ箱にそれを捨ててしまおうとした。アメリカの笑顔が付いて来ないチョコなんていらない。
そう思って、涙でかすむゴミ箱の上に持っていった手を突然掴まれて、イギリスはびっくりして顔を上げた。
だが、目の前にあった紫色の瞳に、その表情が怪訝なものになる。
「……フランス?」
もしかしたら、アメリカが、と言う期待も裏切られて、自然声音は低いものになる。
それを全く意に介さず、フランスはイギリスの手から紙袋を奪い取る。
「おいおい。渡す勇気がなくなったのか?捨てるなんてもったいないことするくらいなら、俺が友チョコとして食ってやるよ」
お、うちのブランドじゃねえか、と言いながら、イギリスから奪い取った袋の中を見ているフランスは、もう片方の手にメッセージカード付きの小箱を持っていた。あて先は読めないが、フランスの字である事だけは分かったので、亜米利加クラスの誰かにこれを私に来たのだと知れる。
突然言われて一瞬反応できなかったイギリスだが、状況を把握した瞬間、眦を吊り上げて自身が用意したチョコレートを奪い返した。
「誰がてめえなんかにやるか!しかも、何が『友チョコ』だ!てめえの友達になんかなった覚えはねえ!」
大声でまくし立てながら、さっきまで捨てようと思っていたチョコを庇うように抱きしめた。
その様を見て、ニヤリと笑ったフランスは、全く動じた様子もなく肩をすくめて見せた。
「ああ。お兄さんもそれには同感。お前に友達なんていないもんな?」
「……てめえ!」
「さっきから何をやってるんだい?」
「うわぁっ!?」
1発殴って身の程をわきまえさせてやろうと思った瞬間、突然声をかけられて、イギリスは跳びあがった。
びっくりして振り向くと、ジャケットのポケットに両手を突っ込んで不思議そうにこちらを見ているアメリカの姿がある。
「ア、アメリカ……」
思わず名を呟けば、アメリカは空色の瞳をこちらに向ける。
「イギリス。俺のクラスの目の前で、何でフランスとじゃれて……」
アメリカの視線が、イギリスが抱きしめている紙袋に、……正確にはそこからはみ出しているイギリス直筆のメッセージカードに固定されて、言葉が途切れる。
アメリカの視線の行き先に気付かないイギリスはキョトンとしたが、アメリカに突然両手を掴まれて面食らった。
「なっ!?」
「これ、俺のだろ?」
手を握られたことにびっくりして顔を赤くするイギリスに気付かず、アメリカはキラキラした目で、イギリスの手に握られているものを見つめる。
「クラスまで持ってきてくれたんだな!別に放課後でも良かったのに」
せっかちだな君は、と嬉しそうに、イギリスの両手ごとチョコを受け取りながら言うアメリカに、イギリスは目をまん丸にして固まる。
いや、確かにこれは、アメリカのために用意したもので間違いはないのだが。
「……もらわないことにしてるんじゃ………」
思わず呟けば、アメリカは1瞬目を丸くした後、ちょっと苦い笑みを浮かべて聞いてたのかい、と言った。
「もちろん、今年は本命からしかもらわないんだぞ!俺は浮気な男じゃないからな!」
「ほ、ほん……っ!」
自信満々に言われた言葉に、イギリスの顔が真っ赤になる。事実は事実だが、それをアメリカに言葉にされるとどうしても恥ずかしい。
イギリスが真っ赤になってオタオタしている間に袋を奪い取り、アメリカはニコニコと笑った。
「今年は俺からもチョコがあるんだぞ!放課後に持っていくから楽しみにしててくれよ!」
「……あ、ああ………」
言うだけ言って、袋を大事そうに抱えながらウキウキと教室に戻っていくアメリカを、手を握られていたままのポーズで固まったまま、イギリスはまだ頬を赤く染めて見送る。嬉しいのと恥ずかしいので脳がパンクしそうだ。
立ち尽くすイギリスに、不意にアメリカは振り返って満面の笑みを浮かべた。
「イギリス、愛してるぞ!」
「…………っ!」
もはや声も出せずに首まで真っ赤になったイギリスをおかしそうに、愛しそうに見て笑って、アメリカは教室の中に消えていった。
「おう。終わったか?」
いつの間にか離れていって、当初の目的であるチョコレートを目当ての相手に渡してきたらしいフランスがのん気に声をかけてくる。だが、イギリスにはそれに反応できるだけの余裕はない。
それを見て取って、フランスは微苦笑で溜息をついてイギリスの腕を引っ張った。
「はーい。じゃあ目的も果たしたことだし、教室に帰ろうな」
真っ赤なままのイギリスは、フランスに腕を引かれるまま、何の反応も返さずについていく。
イギリスが慣れない幸せのあまり気絶しそうになっているのを、今日ばかりは面白がりもせずにフランスは言う。
「良かったな。もらってもらえて」
いつもならば噛み付いてくる物言いにも、今日は反応がない。それどころではないのだろう。
まあ、恋人達が幸せなのはいいことだ。そうフランスは思う。
放課後にはアメリカが生徒会室に来ると言っていたから、また同じようになるのかもしれない。セーシェルの反応が見物だ。
いっそわざと2人きりにして放置してやろうかと、ちょっと意地の悪いことを思いながら、フランスは今日ばかりは隣国の幸せを祝福してやった。



メリカがもらった(もぎ取った)のは、この2点です。

    

2009,02,14



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