Little*Little みにまむ えでぃしょん。
おかいもの。

 イギリスが自業自得の、とても間抜けな理由で幼児化して、十日がたった。
 日本は一人、ノートパソコンが入ったカートを持って、週末の合衆国に降り立った。
 イギリスが幼児化してからの世話は、一切アメリカが仕切っていたが、彼一人に任せるのは(失礼ながら)心配なので、日本は様子を見るために渡米したのだ。仕事を抱えたままだから、ノートパソコンを持ち歩かなければならないのは不便だったが、友人の安全のためならば致し方なかろう。
 既にアメリカには、自分が行くことを伝えておいた。
 電車とバスを乗り継いでアメリカの家に行き、インターフォンを鳴らして少し待つと、アメリカがドアを開けて迎えてくれた。
「やあ日本!待ってたぞ!」
 突然『泊めて欲しい』と言った友人を気にすることもなく、アメリカは嬉しそうに笑った。どうやら、アメリカ側には問題はなさそうだ。
「こんにちは、アメリカさん。ご厄介になります」
 日本が会釈すると、アメリカは何故かこの仕草が気持ち悪いらしく、一瞬固まったが、気を取り直すと中へと招かれた。
 中に入れば、洗濯機が稼動する大きな音が響いていた。今日は天気がいいから、洗濯物もよく乾くだろう。
「にぽーん(※日本)」
 ヨチヨチと、小さくなってしまったイギリスが日本に駆け寄ってきた。最初の頃のように頭の重さでふらふらすることもなく、走っても危なっかしくはなくなった。
「こんにちは、イギリスさん」
「よぉ。」
 ちっちゃい手を上げて、イギリスははにかむ。今日はフランスがアメリカに渡していた、シックなシャツとズボン姿だ。大人が着ていても違和感がないデザインだが、肘や膝は補強されているから、転んでも痛くはない。
 どうやらイギリスのほうも元気そうだ。日本はこっそり安心する。
「アウ。ミウク(※アル。ミルク)」
 イギリスが舌足らずにアメリカに注文する。『アメリカ』では発音しづらいので、『アルフレッド』の略である『アル』と呼ぶことにしているのだ。
「ああ、持ってくるよ。日本はコーヒーでいいかい?」
「ええ。お願いします」
 イギリスが指したソファに彼の手を引いて座るうちに、アメリカはあっという間に牛乳のコップとコーヒーが注がれたマグカップを用意して持ってきた。
 長い移動で喉が渇いていた日本だったが、出されたコーヒーが朝淹れられたまま、保温にして放置されて煮詰まってしまった味をしていたので、一口だけ飲んだらそっとテーブルに戻した。
「いや〜。ちょうど来てくれて助かったぞ!」
 イギリスを膝に乗せ、アメリカは煮詰まってヤバい味になっているコーヒーを、それを気にすることなくガブガブ飲みながら言った。日本は内心、この人の舌はそうなっているのだろうと思いながら首をかしげる。
「どこかへお出かけですか?お仕事でしたら、私がおりますので、イギリスさんはお預かりしますが」
 日本が尋ねると、アメリカは違うんだよ、と首を振った。
「出かけるのは確かなんだけど、君について来てほしいんだ」
「……はあ……?」
 『お一人様一点限り』の品でも買いたいのか、と思ったが、確かアメリカにそういうセールスの仕方はなかったはずだ。
 不思議そうに日本が相槌を打つと、アメリカはニコニコと笑いながら言った。
「イギリスの着替えを買いに行きたいんだぞ!」
「………は?」
 日本は目を丸くした。だってほんの数日前、アメリカはフランスと日本に子供服を持ってこさせていたのだ。着替えならば何着もあるだろう。
「あの、着替えはどうされたんですか?私たちが持ってきた」
「ああ、あれかい?あれなら今、全部洗濯中だぞ!」
「洗、濯……?」
 確かに、ゴウンゴウンと音を立てて、アメリカの家の洗濯機は回っている。
「……全部、一度に汚してしまったんですか?」
 衣類の上に何かこぼしたのだろうか。
 思って問えば、アメリカはちょっとだけバツが悪そうに頭をかいた。
「いや、ちょっと忙しかったから洗濯物をためてたんだよ。そしたらもう着替えがなくなっちゃったんだ」
「………は…」
 呆れのあまり、日本は絶句する。イギリスの着替えがなくなるまで、ということは、自分とフランスが呼びつけられて以来一度も(もしかしたらもっと前から)洗濯をしていなかったのか。
「いや〜、チマチマ洗濯するのって面倒だよな〜?」
「……一度に大量に洗濯するほうが、大変だと思います」
 ガックリしながら日本が言うが、アメリカはそうかい?と言うだけで気にしていないようだ。
「しぇんたくしおっちゅっちゃにょに(※洗濯しろっつったのに)」
 イギリスも呆れ顔で言う。それにもアメリカは懲りないようだった。
「それで、君に服を買うのについて来てほしいんだぞ!」
「……私は、財布、ですか?」
 『また』たかる気か、と日本がちょっとげんなりしながら言えば、アメリカは違うぞ、と首を振った。
「お金は自分で払うからさ。俺一人で子供服売り場に行くのは嫌なんだぞ!」
「?何故です?」
「だって、俺は別に子持ちじゃないのに、『お父さん』扱いされるなんてごめんなんだぞ!」
「……ああ、成る程」
 言うなれば、自分の姉などに命じられて女性向けの雑誌を買わされるような気分だろうか。確かに、本当に父親でもないのに、そ知らぬ顔で一人物色するのは、男にとってハードルが高い。特に、女性用の下着や子供服は。更に若いアメリカには一際だろう。
 日本とフランスには用意させたのに、と言う文句は言わないのが武士の情けと言うものだろう。若さゆえの羞恥心と言うものがあるのだから。
「分かりました。では、行きましょうか」
「助かるよ!」
 アメリカは日本が頷くと、目を輝かせてすっくと立ち上がったのだった。


「あ!これいいじゃないか!あとこれも!」
「……アルフレッドさん」
「あー、そうすると、これに合うボトムが……。ん?これとかどうだい?」
「アルフレッドさん」
 アメリカの運転で繰り出した大型デパートの子供服売り場で、日本は何度もアメリカを呼ぶ。だが、アメリカは全く気付きもしなかった。
 子供服のコーナーに入るなり、アメリカはイギリスに合うサイズの服で、イギリスに似合いそうなものをどんどん選んでいったのだ。それはもう、何枚も。
 イギリスも呆然とするほどの勢いで服を見ていく様は、『親バカです』と名札をつけているような状態だった。
 ……そんなに買って、イギリスが明日元に戻ったらどうするのだろう。
 日本には考え付くが、選ぶのが楽しくて、アメリカはそこまで考えていないのだろう。
 すっかり置いてきぼりの日本は、不意に、店員がこちらを見ながら何やら耳打ちしているのを見かけた。
「?」
 最初は気のせいかと思ったが、じろじろとこちらを窺う瞳が不審そうなものであることに気付く。
 何故、と思っていると、店員が口にしている単語が、少しだけ拾えた。
 『誘拐じゃない?』と。確かに彼女はそういった。
 もしや、と日本は蒼くなる。
 ……アメリカとイギリスは同じ西洋人ではあるが、顔立ちはあまり似ていない。そして、自分は明らかな東洋人だ。
 こんな若い男が二人だけで、小さい子供を連れて買い物に来ている。しかも、片方(自分)は東洋系だから、よほど若く見えるだろう。
 ……素行のよくない少年二人が、幼児を誘拐したように見られているのではないか。そういった事例は、どこの国でも珍しくはないはずだ。
 そう気付いて、日本は慌ててアメリカの袖を引いた。
「ア、アルフレッドさん」
「ん?何だい?」
「……えーと、その………。……買いすぎでは……」
 不審がられています、とは堂々と言えない日本だった。
「平気さ!お金ならあるし!」
「………あああ……」
 アメリカの言葉が、疑惑を上塗りした。店員の視線がより厳しくなる。
 せめて身なりなりときちんとしていればよかったのだろうが、日本は動きやすいようにと簡単なコットンパンツに薄手のセーター、アメリカに至っては、ストリートでもおかしくない派手なパーカーにダメージジーンズ姿だ。『お金ならあるし』とは、身代金のことだと思われても仕方がない。
 おろおろする日本に気付かず、アメリカはイギリスの体に服を当ててみて、似合うかどうか確かめている。
 ……似合います。よくお似合いですが、今はそれどころでは……!
 そう、グルグルと頭の中だけで日本は叫んだ。
「に……キキュ(※キク)?」
 不思議そうにイギリスが呼ぶが、日本は何と言っていいものやら分からない。
 イギリスは日本が何も言わず慌てているのを見て不思議そうな顔をしたが、アメリカが新たな服に手を伸ばそうとしているのを見咎めて眉を寄せた。
「アウ。もーやーにゃい(※アル。もういらない)!」
「ん?そうかい?」
 日本がまごまごしている間に、アメリカは十数着もの服選んでいた。
 ……どうしよう。自分がおたついていたら、余計に不審がられそうだ、と日本が焦っている間に、アメリカは近くで様子を窺っていた(監視していた?)店員を呼び寄せた。
「君、これ全部包んでくれるかい?」
「はい………」
 一応は客なのだから『ノー』とは言わないが、明らかに疑わしげにこちらを見ている。
 どうフォローしたものか。もしかしたら、店を出るときに警官に呼び止められたりして。自分達は仮の身分証明書があるが、今のイギリスは、と日本の嫌な想像は加速する。
「アルフ……」
 もういい。とりあえずアメリカに言ってしまおう、と日本が思い、口に出そうとした。
 その瞬間。
「支払いはカードで頼むよ!」
 アメリカは、財布からカードを取り出した。
 その瞬間、店員達の顔が凍りついた。
 アメリカが取り出したカード……ビリオネア(億万長者)の証である、『家も買えるカード』、ブラックカードを認めて。
 数秒、『まさか』という顔でそれを見つめ、財布の隙間から覗く、アメリカの身分証も認めた店員は。
「はい!ただ今お包みいたしますお客様!」
 即座に顔色を変え、日本たちへの態度を、『不審者』に対するものから、『羽振りのいいお客』相手のそれへと一変させた。
 うやうやしくカードを受け取り、もはや支払い回数すら確かめずに一目散にレジへと歩いていく店員を見て、日本は安堵と呆れの中間で微妙な笑みを浮かべた。
 ……子供服を、ブラックカードで買っちゃいますか。
 そう思いつつも、そのことによって救われたことは否めない。
「で、さっき何を言いたかったんだい?」
 改めてアメリカに水を向けられ、日本は。
「…………いえ。何でもありません」
 そう、力なく返して、薄笑いを浮かべるしかなかった。





5/4発行の『Little*Little』のこぼれ話です。
こんな感じのヨチヨチしたイギと、それでも恋人扱いするメリカと、振り回される本田さんと仏兄ちゃんのお話です。

2009,06,01



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