君と繋ぐ手

「アーサー卿は、今年はお体の調子がよろしいようですね」
サインをもらいに来た部下にそう言われて初めて、イギリスはもう6月も下旬に差し掛かっているのに気付き、慌てた。
あと2週間でアメリカの誕生日だ。プレゼントをまだ用意していない。
「くそ、何で気付かなかったんだ」
己を罵りながら、今日は何が何でも早く帰り、少し遠いがノッティング・ヒル辺りまで足を伸ばしてプレゼントを買いに行こうと決める。
だって、今年は……。
「あ」
書類をめくりながら考えて、ふと、自分の体調が悪くならない理由と、今年の誕生日が特に重要な理由が合致することに気付いた。
己の体の現金さに、誰もいないオフィスで赤くなる。
今年は。
今年の7月4日は、アメリカと恋人同士になって、初めてのアメリカの誕生日だった。


ずっと前から君が好きだよ、と、ひどく緊張した声で言われたのは、バラが美しい、初夏のイギリス邸の庭でのことだった。
アメリカはいつものTシャツにデニム姿、自分は土いじりの途中で軍手に長靴姿だった。
告白が衝撃的過ぎてよく覚えていないが、『今、恋人はいるのか』と聞かれて、『いないし、そんなに好かれる性格じゃない』と答えたらそう言われた気がする。
最初は、何の冗談かと思った。日ごろ散々人のことをおちょくってばかりの癖に。そもそも。
『お前、俺のこと嫌いだから独立したんだろ!?俺の事好きなはずねえじゃねえか!』
返した声は、我ながらひどく動揺していたと思う。何しろ、嫌われていると分かっていながらも構わずにいられない相手……まあ、つまりはそういう感情を持っていた相手からの告白だったからだ。
もしかしてアメリカは自分の気持ちに気付いて、からかっているのかと思った。彼がそんな性格ではない事は自分が一番よく知っているはずなのに。
それでも、本当に好きなんだ、と告げられても、信じられなかった。
『俺の手を離したのはお前のほうだろ!?』
だから、諦めていたのだ。なのに、何故いきなりそんなことを言われるのか、と混乱して、半ば悲鳴のような声で言った。
アメリカは、イギリスがそう言う事を予測していたようだった。彼にしては珍しいほど静かな声で、確かにそうだけど、と言って。
『君が嫌いで独立したんじゃない。君に弟としてじゃなく好きになってもらいたくて独立したんだ。君の事を嫌いなことなんて一度もなかったよ』
一言一言を、大事に包んで手渡すように言われた言葉に、イギリスの中に反論できる言葉はなかった。
お互い気の抜けた格好で、ただ、初夏のバラが綺麗で。でも、そんな物はもう目に入らなかった。イギリスの目にはアメリカしかなかった。
『俺が君の手を離したって言うなら、何度でもまた手を繋ぎに行くから』
その言葉は彼らしくなく弱気で、でも瞳だけは輝石のように輝いていた。その瞳に見つめられ、イギリスには頷く以外の選択肢が思い浮かばなかった。
そうして、彼と同じ名前のつるバラのアーチの下、重ねられた唇はひどく熱かった。


思い返せば気恥ずかしく、いつの間にか火照った顔をイギリスは手で仰いで、ふと思いついたことに目を細めた。
「もう、俺、一人じゃないんだな」
誰もいないオフィスで呟く声は、我ながらひどく優しい物だった。
かつて失ってしまった、唯一の存在。
いつの間にか追い越されて、今はあちらの方が国としての力は大きい。彼に、家族愛以外の気持ちを向けるようになったのは、一体いつからだっただろう。
もう、孤独に震えることはない。
失った物は、形は変わったけれど、確かにここにあるのだ。
だから、もう体調を崩すことはない。
離れていても、この手は確かに、あの大きな手と繋がっているのだから。


たった2週間で、何とか用意したプレゼントと、今日のためにあつらえた明るい色のスーツ。
コットン100%のオーダーシャツのボタンは、貝殻を加工させた物だ。
昨夜もう一度磨きなおした靴は、一番大事なときのための、上質で履き心地がいいものだった。
向こうに着くまでしおれないようにと、妖精達に頼んで魔法をかけてもらった真紅のバラの名前は、『ミスター・リンカーン』。彼に似合いの大輪のバラだ。
ジャケットを羽織ってみて、やっぱり重苦しいからとセーターだけにして、ネクタイを選んで……。まるで初デートに赴くティーンの少女のようだと自分でも思った。
確かにプレゼントがバッグに入っているかどうか、今日だけで6回目の確認をして、イギリスは家を出る。
『イングランド。かみが はねているわ。なおしてあげる』
「ああ。ありがとな」
玄関口まで見送ってくれた妖精に礼を言い、テーブルの上にお菓子を買っておいたことを伝えて、玄関のドアを開けた。
とびきりの格好で、今年は心から寿ぎに行こう。もう一度、手を伸ばしてくれた、愛しい彼のために。
そう思って、イギリスは軽い足取りで、ダブルデッカーの乗り場へ歩き出した。




はっぴーメリ誕。メリカがほぼ不在ですが。
6月に上げたネタと、ちょっとだけ繋がっている感じです。←バラネタ

2009,07,04



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