ヤドリギの下で

明日からクリスマス休暇が始まり、自国に帰ってクリスマスや年末年始を過ごすためにみんなが国に帰っていく。
その前日に、繰り上げてクリスマスパーティーをしよう、と言い出したのは、世界のヒーロー(自称)であり、次期生徒会長(これも自称)だった。
半ば以上ごり押しで催されたパーティーは、しかし許可を渋った生徒会とは反対に、ほとんどの国に喜ばれたようだ。
料理を片手に談笑する漫画研究会のメンツ、ポーランドに無理矢理リードさせられて踊っているリトアニアに、ダンスに誘われたそうにしながオーストリアを見つめるハンガリーと、彼女をダンスに誘うタイミングをはかれずにいるオーストリア。それぞれが、ホールの好き勝手な場所で好きに過ごしている。
アメリカは一人で料理を食べていた。別に話す相手がいないのではなく、単に食事を楽しみたいのだ。という事にしておく。
モリモリと、皿に盛った山盛りのポテトを頬張って、アメリカはグルリとホールを見渡した。
どうせいつもの通り、生徒会長殿は副会長や書記を侍らせてふんぞり返っているのだろうと思ったが、フランスは悪友どもと固まって何やらゲラゲラ笑っていた。
おや、と思って視線をずらすと、セーシェルが料理を口に詰め込んでいて、喉を詰まらせた彼女に、横で喋っていた漫画研究会のメンバーが慌てて飲み物を差し出している。彼女の、世話焼きな宗主国が、文句を言いつつ背中をさすってやる事はなかった。
ポテトを咀嚼するのを止めて、ぐるりと視線を巡らせる。アメリカの予想に反し、注目を集める会場の中央にも、生徒会長であるイギリスの姿はなかった。思わずきょろきょろと首を巡らせて探してしまう。
「あ。」
いた。そう口の中で呟いてしまう程、見付け辛い隅っこの方に、目当ての姿はあった。
皆が楽しそうに談笑する中、一人だけ所在なげに、ぽつんとたたずんでいる、貧弱な青年。
彼がこの学校の生徒会長であり、皆に恐れられる鬼畜眉毛だなんて想像もつかないほど、頼りない立ち姿。もう満腹なのか、それとも料理の近くに行くのすら気後れしたのか、手には料理の皿も持っていない。
時折、そこここであがる歓声にいちいち視線を向け、その声の主たちの楽しそうな姿を見て、ほっとしたように微笑む。まるで、このパーティーの出席者ではなく、ただの給士のように。
らしくない、と思うが、同時にこの上なく彼らしいとも思う。なんだかんだと世話好きで、かと言って自分から仲のいい人達の輪に入ることができるタイプではなくて。いつでも、自分の好意が本当に相手に満足されていると分かるとほっとした様子ではにかむ人だった。
アメリカが彼と付き合いだしてから、もうすぐ4ヶ月だ。
新年度が始まる直前、夏休みの終わり。意を決して告白したら、真っ赤になって泣かれてわめかれて、からかっているんじゃないかと疑われた。午後のお茶の時間から、夕飯を食べることすら忘れて説き伏せて、気付いたら夜食の時間だった。
やっと本気だと分かってもらえた時には日付が変わっていて、彼の頑固さに思わず笑ってしまって拗ねられたっけ。
自分達の関係は、絶対に誰にもバラさない。人前では必要以上にべたべたしない。イギリスがそう言ってきかないから、アメリカは大っぴらにくっつく事もできなかった。こんなにいい男と恋人になれたんだから、公言しないなんてイギリスの方が損だと思うのに。
現に今でも、華麗にエスコートしてダンスでも踊って、あわよくば、一部の生徒がしているように二人っきりで抜け出したりしたいのに、イギリスの声を聞いたのは乾杯の挨拶の時だけだった。
関係を秘密にしていても、それはそれで、そういうルールのゲームみたいで楽しかったし、生徒会室や自室などで二人きりになる機会はあったから不便に思う事はなかったが、こういう大勢の前だと面白くない。まあ、相好を崩してリラックスした様子の彼を見る権利は、自分だけにあればいいんだけど。
ただ、大勢の前では横に立つのすら意識して拒否するものだから、一緒に騒いだりはできないのが難点だ。
たぶんフランスや日本など、勘がいい国や近くにいる国は気付いているのだろう。気付かれている事にすら気付かないくせに、イギリスはちょっとくっつこうとしただけでもアメリカを無神経だと言うのだから、本当にしょうがない人だ。
そんなことをぼんやり考えながら見ていたら、イギリスの間近でスペインがいきなりロマーノの手を引いて踊りだした。イギリスはびっくりして、即座に邪魔にならないように立ち位置をずらした。場所を譲られた事に気付かず、スペインはロマーノしか見ていない。アルコールは一応禁止だったはずだが、いつの間にかちらほらと、隠す気もなくワインやらビールやらブランデーやらの空き瓶がテーブルに乗っているから、彼も酔っているのかもしれない。
イギリスが避けた先では、ちょうどプロイセンがハンガリーにちょっかいを出している所だった。オーストリアの前では滅多に見せない表情でプロイセンを睨み、ハンガリーがどこから出したのか分からないフライパンを振り上げる。ちょうど、標的であるプロイセンの真後ろに立っていたイギリスは、ぎょっとして慌てて移動した。その直後、ちょうどイギリスが立っていた場所に、絶妙な一発を食らったプロイセンがぶっ倒れ、イギリスは蒼くなる。それに気付かず、ハンガリーは何か捨て台詞らしきものをプロイセンに投げつけていた。
その後も、誰かが壁の近くでアクションを起こす度、イギリスは追いやられるように場所を移動した。それをいちいちアメリカは目で追ってしまう。
やがて、イギリスは人が途切れた場所を見つけて、ほっと安堵の息をもらした。
「……あ」
それを見て、今度はアメリカの方が慌てて声を上げた。咀嚼していたピザがボトリと落ちて床を汚したが、気付く事はない。
イギリスが立った場所は、クレーターのように誰もが近寄るのを避けていた。イギリスが来たせいなどではなく、その場所的に。
人波から離れてほっとするイギリスの上には、飾り付けられたヤドリギ。
クリスマスの夜、ヤドリギの下で出会った者は誰でもキスをしてもいいという暗黙のルールがあるので、誰もが不用意に近付かないようにしている場所だった。
ホールの準備を手配している時には、『学校行事にこんなもんいらねえだろ?』とか言って気にしていたくせに、今はその存在を忘れてしまっているらしい。彼らしいうっかりだが、呆れる暇などアメリカにはなかった。皿を手近なテーブルに放り出して歩き出す。
はしゃいでいる生徒をかき分けながらアメリカがイギリスに近付こうとする間に、ヤドリギの下に立つ物好きの存在に気付いたらしい生徒がイギリスに視線を向けた。大抵の生徒は、そこに立つのが彼だと分かると慌てて視線を逸らしたり、その場所からさらに距離を取ったりしているが、酔っぱらった国の一部は、面白そうな顔で、突っ立っているイギリスと、その頭上にあるヤドリギとをこっそり指さして笑ったりしている。
ニヨニヨと笑っている中に、イギリスの腐れ縁であるヒゲが含まれている事に気付き、アメリカは半ば走るようにイギリスに近付いた。
「よお、イギリ……」
「イギリス!」
フランスが声をかける直前、アメリカが辿り着いて割って入った。
「アメリカ?」
突然現れた恋人に、イギリスはきょとんとして声を上げる。フランスも一瞬目を丸くしたが、水を差されたことに不機嫌になるよりも、この状況を面白がるような視線でアメリカを見て、分別ぶって身を引いた。ちゃっかりと、二人の表情が見える場所をキープしているが、この際知ったことではない。
「何だよ。どうしたん……え?」
がっちりと肩を掴まれ、近付いてくる恋人の顔に、イギリスは目をまん丸くして慌てて腕を突っぱねた。
「何すんだバカ!ここをどこだと……!」
暗に、ここでなければ構わないのだとうっかり口を滑らせながら拒否するイギリスの手を逆に掴んで、アメリカは不機嫌そうに眉を寄せた。
「ここだからしてるんじゃないか!」
「な……!?」
意味が分からず目を白黒させるばかりのイギリスの目の前で人差し指を立てると、イギリスはつられて上を向いた。アメリカが指さす物の意味を数秒かかって理解すると、一気に顔が赤くなる。
「あっ、なっ……ち、違っ!」
真っ赤になって否定するイギリスに、アメリカは全く、とため息をつく。やっと理解したのだからさっさとこの場から連れ出そうか、それとも迂闊さへのお仕置きとしてこの場でキスしてしまおうか。そう迷いつつ、アメリカがとりあえず逃げ出そうとする恋人の手をしっかりと握り直した瞬間。
突然、ぶつっと言う音と共にホールの灯りが消えて、会場中から悲鳴とどよめきが聞こえた。
「なっ!何だ?」
テーブルの上に立てたキャンドルのおかげで、辛うじて暗闇にだけはならずに済む中で、イギリスが声を上げる。
BGMに流しているオーディオの類は止まっていないし、誰かが間違って電気のスイッチを切ったにしても、すぐに灯りがつかないのはおかしい。訝る二人に、突然BGMのしっとりしたクラシックをぶった切って、スピーカーのハウリングが耳をつんざいた。
《あー、あー。うん、マイクオッケ〜》
そうしてスピーカーから聞こえたのは、気の抜けた青年の声だった。イギリスはもちろん、アメリカも(主に悲鳴を)聞きなれた声に、目が点になる。
何事か、とざわつきが収まらない中、のんびりと空気を読まない声が、ホール中に響きわたった。
《はーい。今から3分間、キスタイムでーす!近くにいる人や好きな人とキスしてね!》
「は……?」
「なっ……!」
ブツッとマイクが切れる音に、アメリカの呆気にとられた声と、イギリスの怒りを帯びた声が重なる。アモーレの国のヘタレは、パーティーをジャックした挙げ句とんでもないことを言い出した。ホールのそこここで、歓声だの悲鳴だの怒号だのが上がる。
「……あ・い・つ・は〜!!」
アメリカが掴んでいる腕が怒りにわなわなと震える。すぐさま、マイクがあるはずのステージに駆け出そうとするイギリスを、アメリカは腕の場所から当てずっぽうでイギリスの肩がある辺りを探って、彼を引き寄せた。
「おいっ!アメリカ……!」
「しー。黙って」
逃れようとするイギリスに、この辺かと辺りをつけて唇を寄せる。暗闇の中での口付けは、相手の協力もないせいでうまくは行かず、イギリスの耳の辺りに着地した。
「ひゃっ……」
くすぐったさと驚きが混じった裏返った声に、ごめんね、と耳元で囁いて、今度はちょっと顔をずらして頬に口付けた。
「ア、アメ……」
「真っ暗な中で動くと危ないんだぞ。それに、ここは元々ヤドリギの下なんだから」
「う……」
この場所でキスするのは当然なのだと言ってやると、うっかりこの場所に立ってしまったイギリスは絶句した。別にいじめる気はなかったアメリカは、クスリと笑って手探りで堅い髪を撫でた。
「動き回ったせいで君が他の誰かに捕まってキスされるなんてごめんなんだぞ。それとも、君は取り残された俺が他の人にキスされてもいいのかい?」
からかい混じりの本音を言えば、腕の中の恋人は拗ねたような沈黙の後、ぽつりと呟いた。
「…………いやだ」
密着していなければ聞こえないほどの小さな返答に満足して、アメリカは今度こそ恋人の唇に口付けた。
《5、4、3、……》
またマイクが入って、カウントダウンが終わる直前に、そっとアメリカは、その痩身ごと、恋人を口付けから解放した。
ゼロ、と数えた瞬間にホールの灯りが戻った時には、二人はただつかず離れずの場所に向かい合って立っているだけだった。
《は〜い。おしまいだよ!じゃ、この後も楽しんでね!Chao!》
楽しそうに言って、電気のスイッチの横にいたイタリアがマイクを切った瞬間、四方八方から非難の声だの喝采だのが投げかけられるが、イギリスは動こうとはしなかった。
すました顔をしているが、紅潮した顔と塗れた唇で、誰かとキスをしていたのがバレバレだ。
こちらもすました顔をしながら満足げなアメリカに、イギリスはじっとりと恨めしげな視線を向けた。
「お前な……」
「人前だけど、見られてはいないぞ!」
「………」
あっさりと言うアメリカに、それでもイギリスは疑わしげな視線を周囲に向ける。だが、近くにいたはずのフランスはキスタイムの間に遙か遠くに行ってしまっていたし(よくもまあ暗闇の中であれだけ動けたものだ)、周囲の者は、全員めちゃくちゃにされているイタリアに視線を向けている。
ため息をついたイギリスに、アメリカは視線を向けて笑った。
「続きはこれから部屋でするぞ!」
ね、と笑う恋人に、思わず頷きかけて、イギリスは慌てて首を振った。
「生徒会長が途中で抜け出せるかよ!」
「大丈夫!誰が抜けたって分からないさ」
あっけらかんと言う恋人に、それでもダメだ、と言ってやりながらも、イギリスはアメリカの誘いに揺れ始めていた。

悪名高い生徒会長殿が、ちゃんと最後までパーティーに参加していたのかどうかを知る者は、ほんの数人しかいなかったとか。




普通にちゅーして終わる予定が、何でかイタちゃんが乱入してました。
もっといろいろなキャラを出したかったけどタイムオーバー。
久々の学ヘタなのに、あんまり活かせてない……。次回こそは!

2009,12,25



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