キャトってGO!

 アメリカさんとイギリスさんが、アメリカさんちでデート中です。
 ある映画の上映時間が終わり、二人は他の観客と一緒に映画館から出てきました。
「うん、面白かった!」
「ああ。悪くはなかったな」
 いつものアクションだけの映画ではなく、ミステリー仕立てのものだったので、なかなかお気に召したようですが、イギリスさんはやっぱり素直ではありません。
 そんなイギリスさんを気にせず、アメリカさんは伸びをした後、イギリスさんに笑いかけました。ついでにさりげなく手など繋ごうと努力しますが、イギリスさんはもちろん許してくれません。まあ、それも予想の範囲内です。
「これからどうする?夕飯にするかい?それとも見たい店でもある?」
 アメリカさんに聞かれて、イギリスさんは腕時計に目を落としました。気付けばそろそろ九時を指そうとしています。映画を見ている間は気になりませんでしたが、時間に気付くと突然おなかが空いていることに気付きます。
「腹減ったな。メシにするか」
「OK、分かったぞ!」
 ここはアメリカさんのホームグラウンドですし、デートの時にはスマートにエスコートして満足させたい男心です。アメリカさんはあらかじめしっかりと下調べしておいた(けれど、必死でそれを隠そうとしている)デートコースを頭に浮かべます。
「ここからちょっと離れるけど、おいしいって評判の中華があるよ。静かだし、窓の外に小さな庭も作ってあって、いつでもきれいな庭が見られるって」
 本当は、評判というより、仲のいい部下にお願いしてそこで実際にデートをしてもらって、いい雰囲気になれるかも下調べしてあるのですが(もちろん、部下の人とその恋人の食事代はアメリカさんの奢りです)、アメリカさんはおくびにも出しません。
 『中華の気分じゃない』と言われた時にすぐに別のコースを提案できるように、あと数カ所、違う料理で同じようにした場所もあったりします。けなげな準備は万端です。
 イギリスさんは、正直に言うと今日の夕飯はやっぱりマックだと半ば諦めていました。まあ、マックも大好きですが、やっぱりデート中のご飯としては微妙なのです。しかも毎回だったりします。
 だから、アメリカさんのお誘いにこっそりビックリしながら、顔をほころばせました。
「ああ。そこいいな。そこにしようぜ」
 イギリスさんの色よい返事に、アメリカさんは嬉しくなります。恋人の笑顔は今日までの努力にもお釣りが来ます。心の中ではガッツポーズです。もちろん、イギリスさんが『いつも通りワンパターンにマックだと思ってた』と思っていることには気付きません。
「うん。じゃあ、タクシー呼ぼうか」
「ん?そんなに遠いのか?」
「うん。車で15分くらいなんだぞ」
 正確には、渋滞していない道で、14分37秒です。八回も運転して行って平均を出したので間違いありません。
 イギリスさんは、予想よりも遠かったことに驚いているようでした。
「電車とかじゃ行けないのか?」
 出来るだけ節約とエコを心がけたいイギリスさんは尋ねます。アメリカさんは、これだけは恋人の希望を叶えられないことをちょっとだけ残念に思いながら首を振りました。
「ちょっと大通りから離れてるんだよ。だからこそ静かでいい所なんだけどさ」
「ああ、そっか」
 アメリカさんのおうちはたくさん人がいるし、何より今いるのは大きな都市でした。静かで落ち着く場所に行くには少し時間がかかるのは仕方がないことです。イギリスさんは納得しました。
 アメリカさんは、イギリスさんが納得してくれたことにほっとました。
 そうして、改めて、移動手段をどうするかイギリスさんの希望を聞きました。
「じゃあ、どうする?キャブを呼ぶかい?」
 言いながら、パンツの尻ポケットから携帯を取り出します。そして。
「それともキャトる?」
 と、言いながら、上空を指差しました。何の疑問もなく。
「…………は?」
 最後の単語に、イギリスさんは笑顔をひきつらせました。
「……今、なんつった?」
「え?だから、『キャブで行くか、キャトるか』って」
「キャト……」
 イギリスさんは絶句します。キャトるって、キャトルミューティレーションのことで間違いないのでしょうか。車で15分の距離を、宇宙船……いえいえ、アメリカさんのお友達のトニーさんのおうちで?
 イギリスさんの脳裏に、『ファッキン!』と自分を侵略して来そうな目で見つめてきたグレ……トニーさんの顔が浮かびました。うっかりキャトられたら、アメリカさんはともかく、イギリスさんは脳にチップを入れられたりしそうです。しかも、こんな街中でキャトられたりしたら、どんな大騒ぎになるかも分かりません。
「トニーなら三秒で来てくれるぞ!」
 タクシーもトニーも、電話一本で手配しみせるよ!と張り切る恋人に、イギリスさんは自分がアブダクションってしまう想像までしてしまいました。
 正直、キャトると言う選択肢だけはごめんこうむりたいです。むしろ、トニーさんにはなるべく、よほどのことがなければ顔は合わせない方向で行きたいイギリスさんです。
 かと言って、アメリカさんのお友達を悪く言ったりしてせっかくのデートの雰囲気をぶち壊しにするのも、同時にトニーさんの攻撃対象になるのも遠慮したいと心から思いました。なので。
「………いや、俺達の足代わりにお前の友達使うのは悪いし……。……せ、せっかく二人きりなんだから、な…?」
 ウロウロと視線を泳がせながら、何とかそんなごまかし方をして、イギリスさんはタクシーにしてほしいと訴えたのでした。
「そうだね!デートに友達呼ぶのも変だよな!」
 イギリスさんの返事に、アメリカさんは恋人の上擦った声には全く気付かず、『せっかく二人きり』と言う言葉にだけ上機嫌になって、タクシーの電話番号を呼び出したのでした。
 こうして、イギリスさんは身の危険を回避しつつも、おいしい中華をアメリカさんといちょいちょしながら楽しんだのでした。




スパコミで配布したフリーペーパーの小話に加筆修正を加えました。
メリカはイギリスの前ではかっこいい恋人でいたいので頑張るのです。

2009,06,07



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