実用的プレゼント

「みんな、今日は俺の誕生日パーティにようこそ!」
三角帽子を頭に乗っけたアメリカが声を張り上げると、たくさんの拍手が彼の笑顔に応えた。
「今年のケーキはフランスが手作りしてくれたんだ!味は期待してくれていいぞ。見た目は地味だけど」
「これでも食えるラインで一番派手にしてるから!お兄さんがんばったから!」
アメリカの軽口に即座に返したフランスの言葉に、参加した国々は安堵も半分の笑みを漏らす。去年の真っ青なケーキとは違い、今年はごく常識的な、おいしそうなクリーム色だ。飾りも人工的な蛍光オレンジのマジパンではなく、生花と新鮮なとりどりのフルーツ。食べ物に色を着けたい時はとりあえず合成着色料を混入するアメリカの家のケーキとは明らかに違う。更に美食の国であるフランスが自ら作ったとなれば、うまくないはずがない。
「とにかく今日は楽しんでいってくれよ!堅苦しい俺からの挨拶は以上だ!」
長々と口上を述べることなく、簡潔に切り上げたアメリカは、口々におめでとうと言ってくれる招待客の間を、表向きは上機嫌な笑みで歩きだした。
「よー。アメリカ、おめでとさん!」
「やあ、スペイン。来てくれたんだな」
早速料理に殺到する者達の間を縫って進んでいると、不意に声をかけられた。
表向きは朗らかに、視線だけ落ち着きなく左右に揺れながらアメリカが言うと、スペインはそれに気づいているのかいないのか、にっこりと笑った。
「今年はEU全体が経済的に余裕なかったし、プレゼントは予算少な目の上に数人で連名になってんけどなー」
言いながら、スペインは横に置いている自分の腰ほどまでもある高さの包みをポンと叩く。さっきまでソレにもたれてしゃべっていたようだが、それへの罪悪感とかは感じないらしい。
アメリカでもかがめば入れそうな巨大なプレゼントを見て、しかしアメリカは申し訳なさそうに眉を寄せた。
「悪いけど、ちょっと用事があるから、それは後で見せてもらうよ」
「そか。ほな後でな」
アメリカの言葉に、スペインはあっさりと手を振る。アメリカはそれすら確かめずにまた歩きだした。
……この時、アメリカが、このプレゼントの中身を確認していたら。
もしくは、このプレゼントが『誰と誰の』連名の物かを確かめていれば、事態はもう少しましになっていたかもしれない。


「よお、アメリカ。お兄さん特製のケーキはうまかっただろ?」
「お邪魔しております。お誕生日おめでとうございます、アメリカさん」
スペインに話しかけられてから十数分後、だんだんと焦って早足になったアメリカに、フランスが声をかけた。自分で作った物を『おいしかったか?』ではなく、『おいしかっただろ?』と断定系で聞くのはフランスらしい。
「ああ、フランスに日本。ケーキはあとでもらうよ。それよりフランスに日本、イギリス見なかったかい?」
「……イギリス?」
「いらっしゃってるんですか?私は見かけませんでしたが……」
アメリカの問いに、フランスはヒクリと唇をひきつらせた。だが、それに気づかず、アメリカは小首を傾げた日本に頷いてみせる。
「ああ。ちゃんと今年は出席するって返事ももらったんだ。来てるはずなんだけど……」
「それなのに姿が見えない、ということですね」
苛立ちと不安が混ざった声のアメリカに、日本が深く頷く。普通ならばここでフランスが混ぜっ返すかフォローするかするところだが、なぜか彼は黙ってシャンパンを飲んでいる。それにも気づかずにアメリカは首をひねった。
「特に飛行機が遅延してるって情報も入ってないし、どうしちゃったんだろうな。今年はせっかく……」
言いかけて、アメリカは言葉を切った。
アメリカがイギリスとつき合い初めて、今日は2回目の誕生日だった。
つき合い立ての去年は出席するかどうか不安だったがちゃんと出席してくれた。今年は、ちゃんと招待状で返事もくれた上、先週末の電話で来れることを確認していたのに。
そう言ったことをうっかり口に出したら自分が必死になっているのがばれてしまう気がして、アメリカは最後まで言えなかったが、日本は深く突っ込まずになんだか得心したように頷いた。
「分かりました。私たちも探してみましょう。ね、フランスさん」
「あ、ああ……。……なあ、アメリカ」
「何だい?」
「今年の俺たちからのプレゼント、受け取った?スペインが渡すって言ってたんだけど……?」
「ああ。まだ受け取ってないんだ。後でゆっくり見せてもらうよ」
「あ、そう……。アレ、ナマモノだから、早めにな?」
アメリカの言葉に、フランスは妙に歯切れ悪く返しす。それを深く追求せず、アメリカは近くにあったオレンジジュースを一気にあおって息をついた。
「それじゃあ、見つけたら教えてくれよ、二人とも。よろしく!」
「ええ。ではご挨拶は後ほど改めて」
日本の言葉に頷いて、アメリカはさっさと他の参加者の間をかき分けて行ってしまった。
「さて、フランスさん」
アメリカの姿が見えなくなってから、日本は微妙にぎこちない笑顔を張り付かせたフランスにちらりと視線をよこした。その、普段あまり見かけることがない有無を言わさぬ調子に、フランスはぎくりと震えて視線を逸らす。
「何を隠していらっしゃるんです?」
何かご存じでしょうと、日本の口調は柔らかいが断定系だった。
フランスはしばらく、日本の視線から逃れるようにシャンパンをなめていたが、結局観念してちらりと横目で日本を見た。
「……怒らない?」
尋ねたフランスに、日本はイヤな予感がしながら先を促した。


グルリと全体を見回って、とうとうスペインがいる場所に戻ってきた。
「おーアメリカ。用事は終わったんか?」
普段なら歩き回っているだろう彼は、アメリカへのプレゼントを置いた場所から動いていなかった。かさばるプレゼントを持ち歩きたくないのか、持ち歩ける重量ではないのか、プレゼントの場所も動いていない。
たくさんの招待客の中にイギリスの姿がなく、いい加減心配もピークだったが、スペインに当たっている場合ではないのでアメリカはただノーとだけ答えて尻ポケットを漁った。
引っ張りだしたのは、パーティ中のエチケットとして音を切ってある携帯電話だった。今朝から何度もかけているが、呼び出し音のみで相手が出ないイギリスの電話番号にリダイアルでかける。
発信ボタンを押し、プッシュ音が数秒響いた後、聞きなれた着信音がアメリカの耳に届いた。
最初に着メロが導入された頃から、機種を変更してもずっとこれしか設定していない、グリーンスリーブス。
その音色が、他でもないスペインとフランスが自分に用意したプレゼントの包みの中から、か細く聞こえてくる。
そして、大きな包みを見つめるアメリカの目の前で、その包みが、中から誰かが蹴ったように動いた。
まさか、と思った瞬間コール音は留守電に変わり、聞こえていたグリーンスリーブスも、全く同時に途切れた。
「……スペイン。その、プレゼントって……」
「ん?あー、分かってもうた?」
恐る恐るアメリカが尋ねると、もぐもぐとサーモンのテリーヌを頬張っていたスペインが悪びれた様子もなく笑った。
「アメリカさん!」
と同時に、普段あまり取り乱したりしない日本が、真っ青な顔でアメリカを呼びながら走ってきた。フランスも渋々ながら後に続いている。
それで、イヤな予感は確信に変わった。
ベリッっと思いきり、日本がたどり着くよりも早く包装紙を破る。包まれていた頑丈そうな木箱は、閉じ目に指をかけて力一杯引っ張ったら大きな音とともに外れた。
果たして。
「イギリス!」
「イギリスさん!」
頑丈な合板の裏側に、蹴り付けた跡を無数に付けて、グルグルにワイヤー入りのリボンで巻かれ、更に幅広のサテンリボンで口を塞がれたイギリスが、視線だけで自分をこんな目に遭わせた犯人を呪い殺そうとでもするような視線で押し込められていた。
箱を破壊した音で何事かと集まってきたギャラリーの中、アメリカはすぐさまイギリスに飛びついて口を覆うリボンをはずした。
その瞬間、アメリカ史上最悪と断言できるレベルの口汚い暴言が、イギリスの口から巻き散らかされた。


「……だってー、お兄さんとこもスペインのとこも、みんな不景気で大変なわけ。だから今回のプレゼントは、極力金がかからない方法で行こうってことになったわけよ」
拘束から逃れた瞬間、口からは未だ呪いの言葉をまき散らしながら飛びかかってきたイギリスに、日本にがっちり逃げないように腕を掴まれていたせいで逃げ損ねてボコボコにされたフランスがふてくされながら言う。スペインは事態を理解したアメリカが追いかけてふん縛った上、頭痛と胃痛で眉間にくっきり2本線が浮いたドイツに監視されている。
悪びれないその態度に、アメリカが二人を睨み据えながら問う。
「……それで、何でイギリスをあんな目に遭わせようってことになったんだい」
「あー。それな。自分らつき合い始めたやん?」
「い、いきなり何言ってんだコラ!」
さらっと言ったスペインに、日本にあちこち擦り傷を作ったところを手当されながらイギリスが怒鳴る。イタリアあたりならばこの一声で縮み上がるところだろうが、いかんせん赤面しながらの怒鳴り声くらいでビビるような面子ではなかった。
「せやからな、金はかからんけど、って言うか俺らには価値を全く見いだせんねんけど、アメリカには実用的なもんを贈ろうかて思うて」
つまりは、第三者による強制的な『プレゼントは私☆』イベント発生と言うわけですか、と日本は思ったが、空気を読んで口には出さなかった。
「いやー、金はかかんないけど腕力と手間はかかったわー。この眉毛未だに足癖悪いしー」
「当人の意志を無視して行動するな!」
ドイツが怒鳴りつけるが、フランスもスペインも『別に悪いことしてませーん』と言う顔だ。あまりの悪びれなさに、再度ブチ切れたイギリスが立ち上がろうとする。あと5発くらい、いや、各自50発くらい殴る権利はあると思う。
そうして、とりあえずはさっき殴り損ねたスペインから行っとこうと、イギリスが一歩踏み出しかけた瞬間。
「えー?これでプレゼントになると思ってたのかい君達?」
心底からがっかりしたアメリカの声が、イギリスを固まらせた。
「ア……アメリカ?」
イギリスが恐る恐るアメリカの方に視線をやる。
恋人、しかもまだつき合って2年目の相手が、イギリスのことを『プレゼントにもらっても嬉しくない程度のもの』だと思ってたら、本気で立ち直れない。
そんなイギリスの視線の意味を全く理解せず、アメリカはきょとんとした顔で言った。
「だって、イギリスはもう俺のなんだぞ。自分のものを今更あげるなんて言われてもプレゼントにはならないよ」
「バッ!」
そうじゃねえだろとか、何を自分のもの呼ばわりしているのかとか、そう言ったつっこみは口に出来なかった。堂々とアメリカが公衆の面前で自分達のことを公言するのが恥ずかしい。なのに。
それ以上に、紛れもなくその事実が嬉しくて、イギリスは真っ赤になったまま黙り込んだ。
「な、君もそう思うだろうドイツ?」
「………俺に振るな」
完全にとばっちりの傍観者であるドイツは、同意を求められてがっくりとうなだれた。
日本は、そんな様子を見て、とりあえずイギリスの手当を続けながら、『無自覚俺様攻めktkr!』と心の中で叫んでいた。




メリ誕です。アップするのを忘れていたとかなんとか(ごにょごにょ)……。
一番かわいそうなのはドイツ、一番おいしいのは日様だと思われ。

2010,07,13



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