HAPPY?HALLOWEEN

「はい、できましたよ」
「ありがとう!」
ブラシを片手に満足そうに言った友人に、アメリカは礼を言って、鏡を貸してくれるように頼んだ。
顔全体だけでなく、首や両手、両腕にまでいろいろと塗りたくられたのでなんだか息苦しい気がする。だが、そんなことは今日の目的の前には些細なことなのだ。
「ワオ!すごいぞ!完璧じゃないか!」
手渡された鏡を覗き込んで、アメリカは歓声を上げる。鏡の中の『自分じゃない自分』が満面の笑みを浮かべた。
恐れ入ります、と返しながら友人は化粧に使ったブラシから粉を落とす。普通のメイクならここまで濃くは塗り込まないので、ティッシュに移る粉の量も酷いものがあった。
「ちょっとやそっとじゃ落ちませんから、上からマスクを付けても大丈夫ですよ」
ただし、あまり引っ張らないように、と、ブラシの手入れを終え、大量に使った道具を片づけながら言った友人に、アメリカは鏡をいろんな角度に調節して出来映えを確かめながら頷く。
「うん、これで絶対ビックリさせられるよ!本当にありがとう!」
「いえいえ。出来ましたらもっと前から連絡をいただければ……いえ、何でもありません」
ごにょごにょと呟かれた友人の文句は、アメリカの耳には入っていなかった。
「楽しみだぞ!」
にんまりと笑ったら、鏡の中の『髭面』も、にんまりと笑みを浮かべた。


果たして、数時間後。
「ッギャアアアアアアアア!!」
いつもの通り、悲鳴を上げたのはアメリカの方だった。
「相変わらずうるっせえな、お前……」
至近距離で絶叫を聞かされたイギリスは、耳を押さえながら顔をしかめた。だが、文句は言いつつも、少しだけ得意そうな表情を浮かべている。この悲鳴の元になったのが自分の召還した妖精だったのだから、まあ当然といえば当然だ。今年の脅かし合いもイギリスの圧勝だった。
その、アメリカを脅かした妖精はというと、見かけの恐ろしさに反して気が小さいので、アメリカの悲鳴を聞いた瞬間にピュッと逃げ出してしまった。まあ、アメリカを脅かすという契約も切れたので、自力で帰ってしまったかもしれない。後でもう一度呼び出し、焼き菓子やチョコレートを振る舞おうとイギリスは思う。
「も、もー!何であんな怖いの連れてくるんだい!助っ人なんてずるいんだぞ!」
「そりゃ怖がらせるのが今日の目的だからな。それに、ちゃんと自力で召還して連れてきたんだから、あいつは俺の一部だ」
ずるくない、と言ったイギリスも、アメリカが精巧なゾンビの仮面を付けて玄関のドアを開けた瞬間はビクッとしたが、あくまで驚きの範疇で怖いとは思わなかった。「ガオー!」とか驚かせるためにアメリカが上げた声が、中身がアメリカだと分かる要因になったし。
「とにかく、あいつはもう帰ったから、安心しろよ」
「ほ、本当かい?実は奥に隠れてて、後でいきなり出てきたりしないだろうな!?」
半泣きになっているらしい鼻声で訴えるアメリカに、イギリスはしかつめらしく頷いてやりながら、『そうか。こいつはそうされたら怖いんだな。来年はそうしてみよう』と思っていた。アメリカに来年も勝利する日はこない。
「ほら、もう怖がるなよ。あいつはもういないからさ」
努めておだやかに、かといって子供をあやすような声ではなく言えば、アメリカはうん、と鼻をすすり上げた。マスクの下からの半べそな声が、ひどくかわいい。イギリスは堪えきれずにデレっとする。
「アメリカ」
何となく、こちらからを誘う声音をかけると、マスクをかぶったままの恋人は半べそのまま抱きついてきた。
「もー、まだ怖いよ……」
「ほら、いつまでも怖がってないで……」
俺に、集中したらどうだ?
マスクの上から頬を撫で、イギリスは恋人としての甘い時間を望む。
言われたアメリカは、イギリスの言いたいことを理解して、マスクのはしに指をかけながら、イギリスの顎を掬い取った。
そうして、マスクをはずして口付けようとした。
………マスクの下に隠してあった『メイク』のことをすっかり忘れて。
ズルンっ。
被るだけだったシリコン製のマスクはあっけなく外れ、アメリカはそれを後ろに落ちるままに放り出し、口付けようとして。
「ゲッ……!」
間近になった恋人の顔を確かめようと薄目を開けたイギリスの口から、『何か至近距離で見たくないものを見せられた』時の……例えるなら革靴で踏まれたヒキガエルのような、声が漏れ。
「…………っの…」
小さい、そして心からの怒りを込めたイギリスの呟きがアメリカの耳に届くより早く、アメリカの鳩尾に『元ヤン様の黄金の右ストレート』がめり込んだ。
「ふぐぁっ!」
完全な不意打ちを食らったアメリカは呼吸すら奪われて吹っ飛ぶ。ウエイトの差は、『元ヤン様』の技巧によって相殺されて余りあった。
声もなく腹を押さえて体を丸めるアメリカに、それでもイギリスは肩を怒らせたままだった。……正確には、アメリカの『現在の顔』に対して。
数秒後。
「……な、何、するんだい、イギリス…!?」
苦しげながらも、アメリカがなんとか非難の声を上げた瞬間、イギリスは驚愕に表情を凍り付かせた。
「………ア、アメリカ……か?」
「お、俺以外の、誰だって……」
信じられない、という声で恋人が呟くのへ、訳が分からないままアメリカはせき込む。それに慌てて飛びついて、イギリスはそっと背中をさすってやった。
「悪い、大丈夫か?」
「うー、痛いよ……。いったい何だって……あ、」
イギリスへの恨み言を言おうとしたアメリカが、ふと、自分がマスクの下に仕込んでおいた『メイク』に思い至った。
アメリカの当初の予定はこうだった。
ゾンビの仮面に怖がったイギリスに、アメリカが優しく『大丈夫、俺だよ』と囁いて抱きしめる。
そうしてひとまずは安心させ、怖がってしがみつくイギリスの前でアメリカはゆっくりとマスクを外すが……その下にあったのは、イギリスが惚れ込んで仕方がない、かっこいい恋人の顔ではなかった、という二段仕込みのドッキリの予定だった。
更に驚いて悲鳴を上げる恋人に、笑いながら『これはメイクだよ』と言ってやって安心させるという(明らかにコメディー映画の見すぎな)算段まで付けていたのだが、怯えてしがみつくのがアメリカの方だった時点ですっかりこのメイクのことは頭から抜けていた。
……この、イギリスにとっては『顔を見るなりとりあえずぶん殴っておきたい隣国』の顔そっくりにしてもらった特殊メイクのことは。
「ご、ごめんな、アメリカ……」
おろおろと言いながら、イギリスはアメリカの『今の』顔を正視しようとしない。
「……俺、その顔見たら、どうしても殴っちまいたくなるんだ」
そんな、謝罪なのか自己弁護なのか、それとも単に隣国のことはサンドバッグ程度にしか思っていない事実を告げるだけか分からないことを口にしたイギリスに、アメリカは心に誓った。
……もう二度と、フランスの顔のメイクでイギリスの前に現れるのはやめようと。
もしかしたら、マスクで怖がらせることが出来ていても、アメリカがこういう目に遭うことは変わらなかったかもしれない。
とりあえず、反対に怖がらせられるは、ボコられるはで、今年のハロウィンもアメリカの完敗だったことは確実だった。


その数年後、今度はアメリカが、『骨太でコルコルしい彼』のメイクによって、初めてイギリスから悲鳴を引き出すことに成功するのは、また別の話。




甚だ遅くなりましたが、ハロウィンのSS。
私の中の兄ちゃんは、『イギに会ったらなんかとりあえずぶん殴られ、女の子座りで頬を押さえつつ「ひどい!お兄さん何もしてないじゃない!」と泣き叫ぶ』ポジションです。←長い上にひどい
にしてもコレ、米英だか英米だかなー……。

2010,11,10



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