Please Please

 夕日の差し込む教室で、ぼんやりと窓の外を眺めるアメリカを見つけた。
 校庭から、部活動の掛け声がかすかに届く。それが耳に心地よいBGMになった、静かな教室。いつもは騒がしくて忙しないアメリカだが、何だかこの空間にはしっくりと溶け込んで見えた。
「アメリカ」
 声をかけると、アメリカは不自然なほどびくっとして、勢いよく振り向いた。
「イ、イギリス……」
 不味いところを見つかったという様子のアメリカだったが、特に校則違反をしている様子でもない。単に、ぼけっとしている瞬間を見られてばつが悪いのだろうとイギリスは一人納得した。
 それにしても、誰もいない教室で何をしていたのだろう。もう少し遅い時間だったら、気まぐれに生徒会室に現れてはおなかがすいたとか、もう帰ろうよとか言い出すところだが。
「帰らねえのか?」
「……うん。もう少ししたら帰るよ」
 普段の彼にしては歯切れ悪く答え、アメリカはふいとそっぽを向いて、また窓の外を眺めた。
「何だよ。恋煩いか?」
 ぼんやり窓の外を見下ろす表情が、どこか悩ましげに思えて、イギリスはなんとなく、からかう口調で言った。
 バカなこと言わないでくれとか、そんなわけないだろうとか。そんな返答を予想していた。
 いや、期待していた、のかも知れない。
 だから、ちらりとこちらを見たアメリカの視線が怒った時のそれだったことにドキリとして、次いで
「うん。そうだね」
 そう、返事が返ってきた瞬間、心臓が嫌な感じに跳ねた。
 どうして自分が、こんな風に、泣きたいような気持ちになっているのか分からず、イギリスは反射でぎこちなく笑みを浮かべる。
「……へえ、そうなのか」
 何でもない口調で返したつもりが、何だか取ってつけたような声になった。そんな風に、自分の言動が制御できないことに慌てる。お得意の二枚舌が、ことアメリカ相手にはうまく使えないことはままあることだったが、こんな風にあからさまに動揺したのも、それを隠せないのも予想外だった。
 イギリスの動揺に気付いた様子もなく、アメリカは切なそうな……どこか、自嘲気味な顔で言った。
「どうしても伝えられないし、好意を伝えてるつもりだけど、伝わってないみたいなんだ」
 どうしたらいいかな、と聞かれて、知るかよ、と耳をふさぎたくなった。
 だって、アメリカと、アメリカが好きな誰かの恋の話なんて、聞きたくない。傷つきたくない。
 そう思う理由も分からず、イギリスは生徒会室に持って行こうと思っていた資料を胸の前できつく抱きしめた。ともすれば、体が勝手に震えだしそうだ。
「そ、そうだ。俺が代わりに伝えてやるよ!」
「え?」
 不自然にひっくり返った声で口走った言葉に、自分自身で慌てる。いきなり何を言っているんだろう。
「えーっと、ほら、あれだ。別にお前がそいつのこと好きだってストレートに伝えるじゃなくて、それを匂わすって言うか。そしたら、脈があるかどうかだけでも分かんだろ?」
 しどろもどろに重ねる言葉で、どんどんドツボにはまっていくのが分かる。
 いくらなんでも、アメリカは自分にそんなおせっかいをされたら不愉快に思うだろう。分かっているのに、今更取り消す言葉も浮かばない。
 どうしようと思いながら、もうアメリカのリアクションを待つしかない。さっきまでは心地よいBGMだった、校庭からの声が、何だか空々しく二人の間を通り過ぎて行った。
 目の前の整った顔が、一瞬苦しそうな、自嘲するような表情を浮かべたように見えた。夕日のせいでそう見えただけなのかもしれないが。
「そうだな。伝えてくれるかい?」
 予想に反して、アメリカはおせっかいに怒り出すことはなかった。頷かれたことに、驚きと……苦しさを覚える。
 ……そこまで、切羽詰るほどに、その相手の事を好きなのか。
 そう思うと、胸がズキリと痛む。
 そうして初めて、自分が、アメリカの事をどう思っていたかに気付いた。
 ああ、なんて間抜けな話なんだろう。好きだと気付いたのが、失恋した瞬間だなんて。
 それでも、もう気持ちを伝えることなんてできない。引っ込みがつかないまま、イギリスはぎこちなく頷いた。
「あー、その、……どんな子なんだ?」
 空回りする思考のままに尋ねると、アメリカは少し照れたような顔をした。
「一言じゃ言えないよ」
「そ、そうか。そうだよな……。じゃ、まず外見からとか」
「そうだな……。髪は金色。って言っても、俺とは少し色味が違って、ちょっとくすんだ……。ああ、麦の穂に朝の光を当てたような」
 珍しくひどく詩的な表現だった。それが、想いの深さを物語っているのだと悟る。
 どんどん泣きたくなるイギリスに気付かず、アメリカは『彼女』を表す言葉を上げていく。
「エメラルドのような、深い緑のようなグリーンの瞳。背は高くない」
「……グラマーか?」
 イギリスが混ぜっ返すと、アメリカは怒ることもなく、君はすぐそれだな、と笑う。その表情が優しくて、もっと泣きたくなった。
「痩せてるし、華奢っていうより貧弱な感じかな。でも、俺は嫌いじゃないよ」
 一言ごとに透ける、甘やかな気持ち。
 それにどんどん押しつぶされそうになるのを誤魔化して、イギリスはなんとか笑みを保つ。
「特技とかは」
 尋ねると、アメリカは一瞬考えるように黙った後、小さくふき出した。
「料理が壊滅的にマズいな」
「特技じゃねえだろ、それ」
 思わず突っ込んだ。自分もそうだと周りから言われるから、偉そうなことは言えないが。
「でも、あれはあれで才能じゃないかと思うんだよ。この世で食べてあげるのは俺くらいなもんさ」
 親密さを窺わせる言葉。はにかむような笑みすら、今のイギリスには毒だ。
 気まぐれに生徒会室に顔を出しては、イギリスが焼いたスコーンを、文句を言いながら食べていたアメリカ。もしかしたら、彼曰くの『パッサパサで黒焦げ』のスコーンを食べては、『彼女』の事を思っていたのかもしれない。
 イギリスが、アメリカのために作ったものを通して、他の、好きな誰かの事を。
「イギリス、どうしたんだい?」
「あ……いや、なんでも…」
 自分が今どんな表情をしているのか分からなかった。俯いてしまいたいが、そうするのも不自然で、逃げ出したくなりながら無理やり笑みを作る。
 そんなイギリスに首をかしげつつ、アメリカは言葉を重ねた。
「でも、他の家事は得意なんだぞ。いつでも部屋はピカピカだし、アイロンがけも楽しそうにしてる。何より、刺繍が名人級なんだ」
「……へえ。俺と気が合いそうだな」
 失礼だとは思いながらも、空ろな声で返せば、アメリカは何故か痛そうな笑みを浮かべた。その理由をイギリスが考え付く前に、その表情は引っ込んでしまったけれど。
「あ……。じゃあ、一番大事な、性格は?」
「……それこそ、一言じゃ言い表せないな」
 ちょっと困ったような……愛しそうな、笑みで。
「さびしがり屋で、皮肉屋で。嘘吐きだし、乱暴だし、酒癖も悪い。意地っ張りで、そのくせ泣き虫で……」
 ひどい女だな、と。思わず口に出しそうになったが、アメリカの口調があまりに親愛のこもったそれだったので、とても言えなかった。
「……悪口ばっかじゃねえか。長所を教えろよ」
 こんなんじゃ伝えられないだろ、と、言い切れずに言葉が途切れた。
 言わなければよかった。問わなければよかった。いっそ、声をかけなければ。
 そんなことをぐるぐる考えるのに、アメリカは全く気付かない。
「うーん……。やっぱり、一番はあの笑顔かな。あの笑顔があったら、何でもできる気がするんだ」
「………そっか」
 目を細めて言うアメリカの、照れ臭そうな、幸せそうな笑みに、何だかストンと痛みが消えてしまった。
 だって、しょうがない。アメリカに、こんなに幸せそうな顔をさせてくれる相手なら、ただ想いが通じるように祈ろう。
 そう、すんなりと思えた自分に、なんだか笑い出したいような気になった。
「分かった。で、相手は誰なんだ?」
 痛みは完全には消えないけれど、せいせいした声で告げれば、アメリカはいたずらっぽい顔でこちらを見た。すごく、優しい表情で。
「君だよ」
「…………え?」
「だから、君。君に伝えたいんだ」
 繰り返されても、ちっとも意味が分からない。
 『君』って。
 アメリカが好きな相手って。
 頭が真白くなっていくイギリスに、アメリカは決定打を叩き込んだ。
「気持ちを伝えてほしいんだ。『俺はイギリスを好きだ』ってね」
「え………あ?う………?」
 パクパクと口を動かしても、間抜けな声しか出てこない。ただ、どんどんと自分の顔が真っ赤になっていくのが分かった。
 そう言えば、夕日のせいで気付かなかったが、アメリカの顔も赤い。ちょっと照れ臭そうな表情が、またかっこいい。じゃなくて。
 もう何をどう考えたらいいのかもわからないイギリスに、アメリカは微笑んだ。あんまり見たことがないほど、優しい笑みで。
「ねえ、イギリス。俺が好きな子が、俺の事どう思ってるのかも伝えてくれるかい?」
 そう言って顔を覗き込まれて、なんだか心臓が爆発しそうだ。
 期待と、緊張と、ほんのちょっとの不安。それをグルグルにかき混ぜて閉じ込めた瞳の色。
 間近で覗き込んでくる、なんだかいつもよりもきれいに見えるブルーアイに追い詰められて。
 イギリスの口は、勝手に答えを伝えていた。




8/21に開催されたスパコミ関西での無配でした。
最初書きかけてたギャグを途中で放り投げて5時間で完成。
学ヘタである意味があまりありませんね……。
元ネタは、某ダーリンは外国人の方(伏せてない)の旅行記から。
ゴンドラに乗りながら歌ってもらえるカンツォーネで
『最初は「彼女に伝えてほしい」と歌っているのに、
最後は「君に伝えたいんだ」になっている恋の歌がある』と
紹介されていて、何か米英っぽいなあと思ってあたためて
いたのです。

2011,09,07



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