数か月かけてやっとたどり着いた新大陸の屋敷の、使用率が極端に少ない寝室に入る。
まだ足元が揺れているような感覚と猛烈な疲れに、グラグラしながらベッドに潜り込もうとしていたイギリスは、控えめなノックの音に、ベッドに向けていた足を止めた。
部下の誰かが急な用事で尋ねて来たのではない。それならば、表がもっと騒がしいはずだ。
ドアの向こうにいるたった一人の心当たりに、イギリスは知らず、本国にいる時には滅多に見られないような優しい笑みを浮かべた。
「入っていいぞ」
きっと、廊下の暗がりすら恐ろしくてたまらなかったのだろう。短く応えれば、急き立てられるようにして小さな影がドアを開けて転がり込んで来た。
「イ、イギリちゅ……」
いつもの元気いっぱいの声とは違う、か細い、ぐずるような声音。それに、いけないとは思いつつもつい笑ってしまう。
「何だ。もう寝てたんじゃなかったのか、アメリカ?」
駆け寄ってくる小さな弟に、イギリスは迷わず膝を折って彼を腕の中に招き入れた。
「だって、まどがガタガタってなってて怖いんだぞ!お化けが入ってくるよ!」
「ああ、大丈夫だって。ただの風だから」
べそべそと言い募るアメリカに相好を崩しながらイギリスが答える。そう言えば、昼間アメリカが読んでいた本の中に、夜中に子供を攫いにやってくるお化けの話があったような。
後で怖くなるならば読まなければいいのにとイギリスは思うが、弟の喜ぶ顔見たさに新たな怖い本を携えて来てしまう彼にも非はあった。
「ひとりじゃねれないんだぞ!いっしょにねてよイギリちゅ」
「仕方ねえなあ」
ぐりぐりと額を胸に押しつけながら言い募るアメリカに、イギリスは締まりのない顔で頷いた。フランスと競い合って世界を股にかける強大な国の威厳は、この瞬間にはかけらもない。
アメリカを抱き上げていっしょにベッドに潜り込んだイギリスは、すべらかな金の髪を撫でて微笑む。
「ほら、俺がいっしょだから怖くないだろ?もう寝ろよ」
大好きなイギリスにそう言われ、一度は頷いたアメリカだったが、もぞもぞと更に懐深く潜り込みながらイギリスを見上げた。
「ねえ、歌をうたってよ」
「歌?」
「うん」
どうやら子守唄をご所望らしい。キラキラした目で見つめられ、イギリスは困ってしまう。子守なんてアメリカ以外にしたことはなく、イギリスの中に子守唄のストックはない。
それでも、大事なアメリカの期待する瞳には抗えない。間近にある空色の瞳に、イギリスは頷いた。
「よし、じゃあとびっきりのマザーグースを歌ってやるからな!」
言うと、きゃあ、と歓声を上げる弟に、イギリスは柔らかな声音で歌う。
「ひとりの男が死んだのさ♪」
その歌いだしだけで、アメリカの顔が引きつったのにも気付かずに。
「とってもだらしのない男 お墓に入れようとしても どこにも指が見つからない♪
頭はごろんとベッドの上に 手足はバラバラ部屋中に 散らかしっぱなし出しっぱなし♪」
一番最初に思いついた短いマザーグースを歌い、イギリスは次の歌はどうしようか考える。アメリカが、期待ではなく恐怖の涙で瞳を輝かせているのには気づかない。
「お母さんがぼくを殺した お父さんがぼくを食べてる♪
妹たちは骨を拾って 大理石の下に埋めた♪」
たまたま通りがかった道で耳に挟んだだけだったが、案外覚えているものだ。得意げにそう思って、イギリスは腕の中のアメリカを覗き込んだ。
「どうだ。まだ歌う……アメリカ?」
そこでやっと、涙を浮かべてぷるぷる震えるアメリカに気が付いた。きょとんとして呼びかけると、アメリカはとうとう泣き出した。
「なんでそんなにこわい歌をうたうんだい!こわくてねむれないんだぞ!」
泣きながらわめくアメリカに、イギリスはびっくりする。全く悪気などはなかったのだ。
「わ、悪い……」
自国では小さい子供達が遊びながら歌っていたので、まさか怖がるとは思いもしなかった。
本格的に泣き出したアメリカに、イギリスはおろおろと背中を撫でた。
「ごめんな、アメリカ。ごめん……」
トントンとなだめるように背中を叩いてやると、アメリカはしゃくりあげながらも少し落ち着いたようだった。
それにほっとしながらも、弟を泣かせてしまった罪悪感にイギリスは落ち着けない。
「あ、そうだ!ハーブティー煎れてやるよ。いや、それよりミルクをあっためて……」
温かい飲み物でも用意しようと、忙しなく起き上がる。
だが、イギリスが床に足を下ろした瞬間、彼の夜着の裾を、アメリカがしっかりと握りしめた。
必死で掴む小さな手に、イギリスが視線を向けると。
涙で潤んだ瞳で、空色の瞳が心細そうに見上げていた。
「……ここにいてくれなきゃ、ダメなんだぞ」
「あ、ああ……」
しゃくりあげながらの抗議に、イギリスは慌ててアメリカを抱きしめ直した。
それからアメリカが寝付くまで、ずいぶん時間がかかった。
眠くて不機嫌なせいもあり、しきりに目元を擦っていたから、明日は瞼がはれてしまうかもしれない。熱を持った頬を撫でながら、イギリスは苦笑してため息をつく。
ひとしきり慌てたせいで、疲れていたはずなのに自分の方は眠気が吹っ飛んでしまった。でも、アメリカの健やかな寝顔を眺められるならば悪くないと思う。
本当は、アメリカの瞼を冷やすための布を用意してやりたかったが、イギリスは胸元を握りしめる小さな手を解くことがどうしてもできなかった。
一所懸命にしがみ付く手。自分を必要としてくれるアメリカの手を見つめ、イギリスは微笑む。
そして、心に決めた。
また、とびっきり怖い歌を仕入れて来よう、と。
本当に怖いのは、お化けでも、マザーグースでもなく、大好きなイギリス自身なのだと。
アメリカが、それを悟る日は、まだ遠い。
フラグは折るために立てます。
本当は別の歌で思いついたんですが、時代的に数世紀後の話だったんでコレにしました。
マザーグースはグロい歌多すぎて大好きです。←
2011,10,02
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