暴走な愛情

カナダの誕生日まで、あときっかり3週間だと気付いたのは、彼に電話をして、そのコール音を聞いている途中だった。
ちょっとしたことだが仕事のことで、メールではなく(何しろ返信をケロッと忘れられたりする)直接電話で確認しようと、アメリカは携帯電話を握ったのだ。
今は朝の10時。いくらなんでも起きているだろう。自分は恋人が一緒じゃなかったら寝てるけど。
『……はい?何、アメリカ?』
「やあ、カナダ!一つ確認したいんだけど……」
コール音は留守番電話に切り替わる直前まで続いた。これは忙しくないときでも一緒のことで、単に電話に気付いて取るまでが遅いのだ。だから待たされたことは特に気にせず、アメリカは単刀直入に用件を切り出した。後ろで、休みだからと呼び寄せた恋人が『会話はちゃんと相手の状況の確認から入れ!』と睨んでいるが、一切無視をする。
カナダもアメリカの率直さ(いい加減さ?)には慣れているので、特に気にした風もなく用件は終わった。
「ところで、あと3週間で君の誕生日だな!」
『あ、うん』
確かめた内容をグリグリとメモに書きながら言うと、 電話の向こうはなぜかぎこちなく返事をした。
「もうプレゼントは用意してあるんだ。楽しみにしててくれよ!」
毎年、カナダの誕生日はイギリスやフランスたちと一緒にカナダの家に遊びに行って、パーティーを開くのがお決まりだった。カナダは誕生日どころか存在自体も忘れられがちなので、アメリカがいつも声をかけてカナダの家に集まっている。
今年もそろそろ他国に声をかけないと、と、騒ぐのが大好きなアメリカは脳内で声をかける相手をリストアップした。G8は全員揃えたほうがいいだろうか。ロシアも呼ばなきゃかな、やっぱり、と考える。
『それがね、アメリカ……』
既にパーティーのことに頭が飛んでいるアメリカは、カナダが言いよどみながらも呼びかけるのに気付かない。
「きっと喜ぶぞ!また花火もあげよう!」
『いや、だから人の話…………え?………はい……』
「ん?カナダ?」
困ったようなカナダの声が途切れ、何か電話の向こうから声がする。誰かと話しているようだ。
「カナダ?聞いてるかい?」
人の話を聞かないのは自分のほうだと言うのに、アメリカは電話の向こうに呼びかける。
すると、カナダはああごめん、と返事をして、
『アメリカ。ちょっと、僕達そっちに行くから』
待ってて。
そう言って、一方的にカナダは電話を切ってしまった。
携帯電話を握ったままキョトンとしているアメリカに、イギリスはテレビのチャンネルを変えながら声をかける。
「どうした?」
「うん。カナダがうちに来るって」
「今からか?」
何しに?と聞かれても、アメリカにもさっぱり訳が分からない。
……しかも今、僕『達』って言わなかったか?
ますます訳が分からず、アメリカは既に切られた電話を相手に首をかしげた。


カナダがアメリカの家にやってくると、何故かその隣にフランスがいた。
何で、とアメリカが問えば、カナダは何だか照れくさそうにモジモジしているし、フランスはいつもの飄々とした態度で、まあまずは中に入れろと言った。よくは分からないが門前払いする理由も特になかったので中に入れると、イギリスもフランスの姿に驚いていた。
「何でてめえがカナダと一緒なんだよこのワイン野郎」
とっとと帰れ、と、自分の家でもないのに毒づくイギリス。それにカナダは困ったように眉を下げて、フランスはどこ吹く風という風にあしらって。
「俺達、付き合いだしたから」
カナダの肩を抱いて、そう言い放った。
一瞬、その場の空気が凍る。
冷静で堂々としたフランスに、頭が真っ白なアメリカとイギリスの前で、カナダだけは一人幸せそうな、恥ずかしそうな顔ではにかんだ。
「……えっと、そういうわけだから……」
今年は、とカナダが続けようとした瞬間、カナダの肩を抱いていたフランスが後ろに吹っ飛んだ。
「こと……、え……?フ、フランスさん!?」
一拍遅れて事態を理解し、カナダが勢いよく後ろを向く。フランスは後方の壁に激突していて、二つの……アメリカとイギリスの靴跡がくっきりと服についていた。どうやら二人に同時に蹴り飛ばされたらしい。息ぴったりに野蛮である。
ふう、と息を吐いて、害虫を叩き潰したときのように清々と二人が足を下ろすのと、フランスが痛みに呻きながら起き上がるのは同時だった。
「フ、フランスさん!大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄ろうとするが、それよりも素早く矮躯がその横を通り過ぎて行った。
「いってえな!何すんの!」
後頭部を押さえながら非難の声を上げるフランスの胸倉を、カナダがたどり着くよりも早くイギリスがガッチリと掴んだ。
元ヤン時代プレイバックと言わんばかりの形相、低い声で、腕一本でフランスを引っ張り上げる。
「てめえええ!何カナダに手ぇつけてやがんだこの変態!!」
……せめて『手を出す』って言って、坊ちゃん。
内心で思いつつ、首を絞められるフランスに、アメリカがニッコリと……底冷えのする笑みを向けた。
「……俺の兄弟に何てことするんだい、君?」
……まだナニもしてませんよ?その右手、懐から出そうぜ坊や。
弁明しようにも首を絞められているフランスに、アメリカが懐からM92Fを引き抜きかけた、その瞬間。
「あ、あのっ……!ちゃんと、合意……だから!」
恥ずかしそうな、いまいち現在のひっ迫度を理解していなさそうなカナダの声が部屋に響いて、アメリカとイギリスはそれぞれ右手を放した。その拍子にフランスは再び壁に頭をぶつけたが、とりあえずは命の危機だけは脱することができた。
二度も打った後頭部はジンジンと痛んだが、フランスは何でもないかのように立ち上がり、かっこつけて再びカナダの肩に手を置いた。シャツはよれているし靴跡がくっきり二つついたままなので、すました顔が台無しだ。
「ま、そういうことだから」
今年は二人っきりで過ごすから、邪魔すんなよ?
そう、涼しい顔で(でもボロボロの格好で)フランスが言うと、カナダは真っ赤に、イギリスは真っ青になった。
グラリと気を失って倒れそうになるのを自力で踏ん張り持ち直し、イギリスは蒼白な顔で数秒虚空を見つめる。
「イ、イギリス、さん……?」
恐る恐るカナダが声をかけるが、イギリスは視線を向けることなく、数秒黙りこくった後、おもむろに懐に手を入れた。
すわ、こちらからの銃撃かとフランスが身構えたが、取り出されたのはシルバーメタリックのイギリスの携帯電話だった。
「………おい、イギリス?」
フランスの呼びかけにも反応せず、イギリスは虚ろな表情のまま携帯電話を操作して、どこかに電話をかけ始めた。
「………Hello?ポールか?カークランドだ。休日にすまないが、至急頼みたい物がある。最上級のテンセル……いや、シルクサテンと、チュール……ああ、ウエディングドレスを作りたい。ヴェールもな」
「………は?」
いきなり何事、とフランスが眉を寄せて声を上げる。一体何の脈略があって布地の注文など始めたのか。しかもウエディングドレスの。
その疑問を、イギリス以外の全員が同時に覚えたが、何しろ電話中なので突っ込めずにいれば。
「オーバードレスもいるな。花嫁の身長が……」
言いながら、イギリスはチラリと視線を向けた。……ポカンとしているカナダに。
「へっ?」
……花嫁って、まさか僕っ!?
ぶわっと一瞬で変な汗が浮くカナダに気付くことなく、イギリスは花嫁の身長を5インチ9フィート……カナダの身長だ……と電話の相手に告げた。
「ああ。明日には帰国するから、サンプルだけでも揃えておいてくれ。………ああ、突然ですまない。……よろしく。じゃあな」
冷静な声で言って電話を切ったイギリスに、全員が突っ込みを入れようとしたが、それよりも先にいきなりイギリスの表情が崩れた。
先ほどまでの冷静さが嘘のように、ボロボロと泣き出す。
「イ、イギリスさん!?」
ぎょっとしてひっくり返った声で呼ぶカナダに、イギリスはくしゃくしゃの顔で涙をこぼしながら告げる。
「カナダ……安心しろ。俺がちゃんとしたの縫ってやるから!」
最上級のウエディングドレスを、と。
……お付き合いの宣言の時点で既に、花嫁の父親気分になっているイギリスである。しかも、既に結婚式のクライマックス、花嫁による『お父さん、今までありがとうございました』スピーチ級の盛り上がりようだ。一方的に。
「イギリスさん!僕達まだ、そんな関係じゃ……」
そもそもの性別に対する突込みよりも先に思いついたことに、カナダは慌てて叫んだ。
「………ぁあ?」
その瞬間、『涙ながらに祝福する花嫁の父』モードだったイギリスの目つきが、『元ヤン』モードに戻った。
ぴたりと涙を止め、イギリスは2歩でフランスに詰め寄ってまたもや胸倉を掴む。
「てめぇ、ポイ捨てしようたぁいい度胸だ!死ね!!」
「うわあああ!」
すごむイギリスに、カナダが悲鳴を上げる。何故『まだそこまで深く付き合ってません』が『すぐ別れます』に脳内変換されるのか。
「別にお兄さんそんなこと一言も言ってませんよー?それよりお前こそ、捨てられないように態度改めれば?」
「………上等だ」
今度はやられっぱなしではなく挑発するフランスに、イギリスの拳が伸びる。フランスはそれを受け止め、胸倉を掴むイギリスの手を払いのけた。
そのまま始まる乱闘に、カナダはおろおろしながら、黙って眺めているだけの兄弟に視線を向けた。
「ア、アメリカ!どうにかしてくれよ!」
「うん」
半泣きのカナダに、アメリカは邪気もなく微笑んで、
「捨てられたときには、俺のとこの弁護士に頼んでたっぷり慰謝料を請求してあげるぞ!」
パリとシャンパーニュ地方くらいはぶん取ってあげるぞ、任せとけ!とアメリカが親指を立てる。白い葉がキラリと光った。
「違うよ!」
こっちはこっちで根本的に間違っている兄弟に半泣きで突っ込むカナダの横で、元ヤンによる右フックが華麗に決まった。審査員がいればきっと高得点をつけただろう。
「ど、どうしたらいいかなクマ太郎さん!?」
「ン?ダレ?」
「カナダだよぉ!」
パニックを起こして叫ぶカナダの横で、理想的なフォームのクロスカウンターが決まった。
「うわあああん!!」
口汚い罵り言葉と、痛そうな打撲音が飛び交う中、カナダの泣き声が空しく響き渡った。


結局、双方適度にボコボコにされたところでアメリカが引き分けて(もっと早く止めてくれればいいのに)、イギリスは隣室でアメリカが、フランスはそのままリビングでカナダが手当てすることになった。未だに隣室から、フランスを罵る口汚い言葉がもれ聞こえてくる。
リビングは、イギリスやフランスと同様に酷い有様だった。
その辺にあった時計は鈍器代わりにされたせいで表面のプラスチックカバーがひび割れているし、絨毯にはこぼれたコーヒーだの、どちらの物か分からない血だのが付いてしわくちゃになっている。椅子の脚が1本折れているのは、フランスのローキックの盾にされた時のだろう。
誰が片付けるのかわからない、ぐちゃぐちゃのリビングで、カナダはフランスの頬にそっと湿布をはった。フランスは一瞬痛そうな顔をしたが、カナダが気にするので何も言わず、鏡を見ながら自ら手当てをしている。
時計で殴られた額の血が止まっていることを確かめて、カナダは血止めに当てていたキッチンペーパーを外して、そこに大きな絆創膏をはった。
「うん。これで大丈夫だ。ありがとな、カナダ」
フランスは笑いながら言って、カナダの頭を湿布をはった右手で撫でた。今日の朝来たときはキチンと整えていた身なりがぐしゃぐしゃだ。
「………すみません……」
カナダは申し訳なくなって俯く。驚かれこそすれ、まさかアメリカとイギリスがあんなに激昂するなんて思いもしなかった。
しょんぼりしているカナダに、フランスの笑みが柔らかく、深くなる。
「ま、一度は通る道だからな」
フランスとしては、当然起きるだろう反応の想定内だった。まあ、こっちもついついイギリスを挑発してしまった点は反省すべきだが。
「愛されてるって事だよ」
だからいいんだ、とフランスは笑う。
カナダはあの2人にこんなに大事にされているのだと、もうちょっと自覚したほうがいい。あと、この先自分達に何かあった時、フランスの命が危ないことも。
「………はい」
分かっているのかいないのか、まだしょんぼりしてカナダは一応は頷いた。
その柔らかい蜂蜜色の髪を、フランスはそっと指先で梳いてやる。
「カナダ?」
「え?はい」
呼びかければ顔を上げるカナダの唇に、フランスはちょん、と口付けて、視線を合わせて笑った。
「あいつらに嘘や隠し事は嫌だったんだろ?ならこれでいいのさ」
「………はい……」
まだ小さい声でカナダが頷く。その、まだ迷いのある表情に、フランスはくすりと笑う。
「ま、何だかんだと反対はされなかったしな?」
「あ………」
そうだ。そういえば、イギリスもアメリカも、一言も『別れろ』とか『あいつは止めとけ』とか言ったりしなかった。
言われて初めて気付くカナダに、フランスは安心させるように囁いた。
「ただ、お前が大事だから、心配してるだけだ。受けてやれ」
「………はい」
今度こそしっかりと、少しだけ笑みも浮かべつつ頷いたカナダに、フランスも笑みを深くする。
「まあ、お兄さんちゃんと責任は取っちゃうから。安心して、な?」
「へ?………はっ……はいっ」
秘密めいた声で囁けば途端真っ赤になるカナダのおでこに、フランスは楽しそうに唇を落としたのだった。


3週間後の、カナダの誕生日。
フランスが牽制したとおり、アメリカは今回は誰かを連れてカナダの家にやって来ることはなかった。しかし。
「……………」
届けられた、大きな純白の包装紙に銀色のリボンがかけられた箱のふたを開けて、カナダは凍りついた。
「……マジで3週間で縫いやがった」
フランスが額に手を当てながら呟く。
中に入っていたのは、シンプルながらも銀糸で細かく刺繍が施された、カナダにジャストサイズのウエディングドレスだった。当然の如く、ヴェールと手袋、ミュールも入っている。
きっと泣きながら、すさまじい速さで一針一針自分だけで縫い上げたのだろう。ヴェールを留めるボンネットの上に、『タキシードは自力で用意しろ。ケチりやがったらしょうちしねえぞ!』と書きなぐったカードが添えられていた。
それらを見下ろして真っ白になっているカナダの横にしゃがみこんで、フランスが顔を覗きこむ。
「着てみる?」
「……き、着ません!」
真っ赤になって、大慌てでプルプルと首を振るカナダに、フランスはわざとらしく残念だなー、と呟いた。
「もう、何でこんな極端な……」
半ば途方に暮れながら呟きつつ、カナダがヴェールを持ち上げると、ヒラリともう一枚、先のものより上質なメッセージカードがカナダの膝の上に落ちた。
『幸せを祈っている。大切な兄弟へ』
「………イギリスさん」
署名こそないが、見間違いようもない美しい筆跡。それを見て、カナダは目を見開いた。
「愛されてるな」
そっと頭を抱いてくれるフランスが、苦笑混じりに囁くのへ。
「………はい!」
カナダは、突っ走ってはいるが思いの詰まった誕生日プレゼントを眺めて、はっきりと頷いたのだった。




カナダ誕生日企画にして、初の仏加です。
書きなれないけど楽しかった。

2009,07,01



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