異文化こみゅにけぃしょん

イギリスと同盟を組むにあたり、日本もだいぶ英語を覚えてきた。
「思ってたより早く覚えたな」
イギリスは自分の言葉に興味を示してくれることが嬉しいようだ。素直に褒めてくれるイギリスに、日本はまだまだですよ、とはにかんだ。
「我が国の言葉とは文法からして違いますから、なかなか難しいです」
「俺も日本の言葉は不思議だな」
異国の、しかも文法から異なる言語を覚えるのは難しいが、仲良くなるための手段だと思えば、それもまた楽しく思えた。
「最初に教えていただいてから、帳面……ええと、『のーと』も、3冊目になりました」
「おお、すごいな」
イギリスがノートを覗き込めば、そこには細々とたくさんの文字(なのだろう、イギリスには読めないが)が並んでいた。どれだけ熱心に勉強してくれたかも分かる。
「もう教えることはないな」
「いえいえ、まだまだです」
まだ語彙は少ないし、日本には単語の使い方のコツがよく分からない。また、こちらでは細かく単語を分けているものが、英語では一括りになっていたりしてややこしかった。
日本は未だに、主食である米が、生『米』の時も炊いて『ご飯』になった時も同じく『らいす』と呼ぶことや、こちらでは単に『椅子』と表現するものが『ちぇあー』だったり『そふぁー』だったりする事に慣れない。
それは逆も言えるのだろうが、お互いに言葉を教え合っていて、どこまでも習熟度が高くなった気がしないのだった。
「イギリスさんは、人間名はなんとおっしゃるんですか?」
「ん?一般人の前での名前か?アーサー・カークランドだ」
「あーさー、かーくらんど、さん」
ふむ、と日本は声に出してみて考え込みつつ帳面をめくる。西洋では苗字を名前を逆に表記するから、『かーくらんど』というのがイギリスの苗字である、と言うことは分かった。
「日本の人間名は何だ?」
「本田 菊と申します。ああ、イギリスさん風に言うと、キク・ホンダと」
「あ、ファーストネームとファミリーネームが逆なんだったな」
『ふぁーすとねーむ』の意味は分からなかったが、自分が先ほど考えたのと同じだろうと判断して日本はこくりと頷いた。
「では、イギリスさんのことは『さぁ・かーくらんど』とお呼びすればいいんですよね?」
確か、成人男性に付ける敬称はこれで良かったはず、と思いながら言えば、イギリスは日本風の発音から自国の単語を見つけるのに数秒要して、ゆるく首を振った。
「いや、『Sir』はファーストネームに付ける物なんだ」
「ああ、そうなんですか」
日本はそれを書きとめ、ぺらりと帳面をめくった。
「ええと、では、『ろぉど・かーくらんど』」
読んでみれば、イギリスは苦笑顔でまた首を振る。
「使い方はあってるんだが、『Lord』は使える相手の爵位が限定されてるからな。俺には使えない」
「……難しいですねぇ」
日本は、それではどう呼ぶのが正解なのやら、と首をかしげる。
「俺のうちの小説家でも間違えるからな」
イギリスが苦笑して肩をすくめた。
「ところで、日本はキク・ホンダだよな?なら、『ホンダチャン』でいいのか?」
「ええと、成人男子に『ちゃん』はあまり使いませんね」
本田ちゃん、では子供のようだ。
日本がそう思いながら返すと、イギリスはふむ、と考え込んで
「じゃあ、『ホンダドノ』か?」
自信なさげにそう尋ねた。
「『殿』はちょっと、仰々しいかと……。それに、『殿』は基本的には役職に付ける敬称ですので」
「……難しいな」
そう呟いて、先ほどの日本と同じ事を言ったりやったりしていることに気付いた2人は、顔を見合わせて笑った。
「でも、興味深い」
「ええ」
異文化を学ぶこと、吸収することは、難しくはあるが、同時にとても楽しいことだった。少なくとも、2人にとっては。
「イギリスさん。もう、名前で呼んでしまいませんか?」
「え?」
日本が言えば、イギリスはポカンとした顔で日本の顔を見た。
日本は不安げにコクリと首をかしげる。
「すみません。失礼でしょうか?」
親しい間ならば大丈夫かと思っていってみたのだが、相手にはそんな風習はないのかもしれないし、自分がそんな対象ではないのかもしれないと思って聞いてみると、イギリスの顔が見る見るうちに赤くなっていった。
「い、いや……。べ、別に、それで構わないぞ。お前がそう呼びたいんだったら、許してやる!」
だんだん早口になって、最後は耳まで真っ赤になりながら、喜色を滲ませてそう言われたので、日本はほっと息をついた。
「はい。では、あーさーさん」
「ああ………キク」
大真面目に呼び合った後、数秒見詰め合って、結局同時に吹きだした。
「なんだか、こそばゆいですね」
「そうだな」
友達と呼べるような存在が長い間なかったために、どうもお互いぎこちなかった。
「まあ、これからおいおい慣れるでしょう」
朗らかに、名の通り、楚々と咲く菊の花のように柔らかく微笑み、日本はぺこりと頭を下げた。
「これからもよろしくお願いします」
「……ああ。その……こちらこそ、よろしく、な」
「はい」
赤くなってぼそぼそと返すイギリスに、日本はニッコリと笑った。
「時にイギリスさん、とっておきの新茶が手に入ったんです。よろしければ召し上がりませんか?」
「ああ、グリーンティーか。飲みたいな」
ちょっとずつ、ちょっとずつ。
違う文化や時代を重ねた自分達だから、歩み寄ればそれは一々感動を与えてくれるはずだ。
それを積み重ねて、これから仲良くなっていこう。
「今日のお茶請けは、イギリスさんが買ってきてくださった焼き菓子にしましょうね」
王国の(イギリスの手作りはともかく)ブランドのお菓子は、素朴だが日本には新鮮で、優しい味がした。
こうやって、ちょっとずつ、ちょっとずつ。
『こみゅにけぃしょん』とやらを重ねるうちに、きっと、いろんなものが生まれていくことだろう。



3月末に閉鎖されたお題サイト様「Recht und Pflicht」様に寄稿いたしました。
お題は「異文化コミュニケーション」。
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2009,04,10



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