※「王の帰還」以降のお話です。
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同じ名前の知らない人

僕の名前はフロド・ギャムジーです。
お父さんの名前はサム・ギャムジーで、お母さんはローズ・ギャムジー(元の名前はローズ・コトンなのですが)です。
中つ国の北の方、西の端っこの、ホビット庄というところに住んでいます。
この村はとても小さいけれど、とてもとてもきれいなところです。
今はとてもきれいだけれど、僕が生まれる前にホビット庄は一度ぐしゃぐしゃにされて、お父さんとお父さんのお友達ががんばってきれいにしたのだそうです。
ホビット庄のみんなは草花や果物や野菜を育てるのが好きなので、ホビット庄のみんなはおうちの庭にいろんな植物を植えています。中でも、庭師をしているお父さんが手入れしている僕のおうちの庭が一番きれいです。
僕のおうちは【お山】といわれる、袋小路屋敷です。とても広いところだけど、どんどん兄弟が増えたらその内狭くなってしまうかもしれません。
僕にはお姉さんが一人と弟が三人、妹が二人います。
うちでは、女の子の名前はお花の名前から、そして、男の子の名前はお父さんの大切な人たちから名前をもらってつけているのだそうです。もうすぐ生まれる僕の弟か妹も、そのようにつけられるのでしょう。
でも、僕にはとてもとても不思議だった事があります。
お父さんの周りには、『フロド』という名前の人はいないのです。
"どうして僕の名前は、お父さんの大切な人からもらわなかったの?"
と僕は聞きました。
するとお父さんは、
"いいや。お前も、お前こそ、お父さんの大切な大切な人から名前をいただいたのだよ"
といって、抱きしめてキスをしてくれました。
お父さんは笑っていましたが、何だか泣いてしまいそうに顔をくしゃくしゃにしていました。
だから僕は、『フロド』というのは亡くなった人の名前なのだと思いました。


"なあサム、この子は大きくなったらみんなに内緒で遠くに行ったりしないよう見張っとかないとな"
ある日遊びに来たブランディバックのだんなさまが言いました。
僕はいきなりそんな事を言われてびっくりしました。
だって僕はホビット庄から出たいと思ったことは一度もありませんでしたし、ブランディバックのだんなさまこそ南の方にあるローハンという国に奉公に上がっているのです。それにセインをしているトゥックのだんなさまも、もっと南にまで旅をしているからです。
それを僕が言ったら、だんなさまたちやお父さんは笑って、また泣きそうな顔をしました。
"そう、フロド坊やは外に出たいとは思わないんだね"
そういって、トゥックのだんなさまは僕の頭を撫でました。
『フロド』という人は、旅に出てかわいそうな亡くなり方をした人なのでしょうか。


ある日お父さんが、僕を連れてブランディバックのだんなさまとトゥックのだんなさまと一緒に、ホビット庄の外までお出かけする事になりました。
僕は茶色のズボンに白いシャツ、茶色の上着を着て、緑色のマントをかけてもらいました。
お父さんが、"お父さんの大切なお友達は、大きい人がホビット庄に入って悪い事をしないように決まりごとを作ってくれたけれど、彼ら自身も中に入れなくなってしまったから、お父さんたちが会いに行くんだよ"といいました。
僕はもしかしたら『フロド』という人がこれから会う大きい人たちの中にいるかもしれないと(『フロド』はホビット風の名前だけれど)思いましたが、会った人たちの中にも『フロド』という人はいませんでした。
"この子はフロドです"とお父さんが僕を大きい人たちに紹介してくれました。
お父さんのお友達は大きい人とエルフとドワーフで、ホビット以外の人に会った事がなかった僕はドキドキしながら自己紹介しました。
"こんにちは。僕、フロド・ギャムジーです"
僕がそういうと、大きい人たちはみんな、お父さんやだんなさまたちがするように泣きそうな顔で笑いました。
少し怖そうな、黒い髪の大きい人は優しく笑って僕を抱っこしてくれました。
"はじめましてフロド。私はアラゴルンと言うのだよ"
大きな手をした大きい人はそういって、そっと僕を抱きしめてくれました。
"こんにちは。僕はレゴラスだよ"
アラゴルンさんに降ろしてもらった僕の顔をしゃがんで覗き込んで、きれいなエルフの人はニコニコ笑いました。
"こんにちは小さい坊や。俺はギムリだ"
レゴラスさんの横で、腰に手を当てて胸を張ったドワーフの人は目をウルウルさせていいました。
みんな、とても優しいけれどどこか悲しそうな顔をしていて、この人たちも『フロド』という人が大好きだったんだと思いました。
お父さんとだんなさまがたと大きい人たちはとても楽しそうにおしゃべりをしていました。
でも、"あの頃は"と誰かが言う時、みんな少しだけ悲しそうな顔をしていました。
帰るときになって、レゴラスさんは最初の時にしたようにしゃがんで僕の顔を覗き込んで、優しい声で言いました。
"それじゃあね、小さいフロド。君のその名前の通り、優しく勇気のある大人になるんだよ"
『フロド』という名前は別に<優しい>とか<勇気のある>とか言う意味の名前ではないのですが、僕ははい、と答えました。


"ねえお父さん。『フロド』という人は勇気のある人で、旅に出て死んでしまったの?"
僕はお父さんに聞きました。
お父さんはびっくりした顔をして、次にいつもの悲しそうな笑い顔になって、違うよ、といいました。
"あの方は生きておられるんだよ。でも会えないんだ"
そういったお父さんは本当に本当に悲しそうだったので、僕は少しだけ、『フロド』という名前が嫌いになりました。


二日前の夕方、僕はお父さんの書斎で赤い表紙の本を見つけました。
<行きて帰りし物語〜ホビットの冒険〜 ビルボ・バギンズ著>
と書いてある下に、とてもきれいな字で、
<指輪の王の没落と王の帰還 フロド・バギンズ著>
と書いてありました。
『フロド』という人はお話を書く人だったのです。
僕はびっくりして、その本のページをめくりました。
最初のお話は、ビルボというホビットがドワーフと冒険をするお話でした。このお話はお父さんが最近寝る前にしてくれているお話でした。読んでしまったといったら、お父さんはどんな顔をするでしょう。
そして、今日から『フロド』という人のお話に入ります。
その人はどのような事をして、どんな風にお父さんやお父さんのお友達と出会い、そして、どうしてお父さんと会えなくなってしまったのでしょう。
僕とは名前だけしか一緒じゃない、でも名前はおんなじの人を、僕は好きになれるでしょうか。
少しだけわくわくしながら、僕は土いじりで汚れた手をズボンでぬぐって、ページをめくります。

2004,3,10


ちょっと変則的な指輪のお話です。
サイトにあげる指輪のお話の一本目にしては変則すぎるかな、とも思いましたが、こんなのもありかな、と思ってアップしました。
まだフロド坊やが九歳と言う設定ですので、サムにはまだ指輪物語を語ってもらっていない、という事で。
メリーやピピンも簡単にはフロドのことを話したりしないだろうし、「僕の名前は誰からもらったんだろう」って疑問に思うんじゃないかな、と。
きっと、フロド坊やはページの最後には自分の名前を大好きになれるだろうな、と思います。
壁紙は家にある指輪物語を携帯で撮って作ってみました。



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