あばたも

さ────────────。

「………む、室井、さん?」
コタツを挟んで目の前に座る室井の行動に、青島は半笑いで声をかけた。
コタツの上にあるのは、コーヒーが入ったマグカップと、クリープと、グラニュー糖。
グラニュー糖は署にあるのと同じ、口から直接注げるような容器に入っている。
その、グラニュー糖が入った容器が、室井のマグカップの上で五秒間ほど傾けられ続けていた事実に、青島は信じがたいものを見るような目で、マグカップを見つめた。
なんでもないような表情で、持ち上げられたときとは明らかに残りの量が違う容器をコタツの上に置いた室井が顔を上げる。
「何だ?」
不思議そうな顔で聞き返された上、室井が手元を見ないままクリープの瓶を手にとり、スプーンも使わずにばさっと大量にカップの中に落としたのを見て、微妙な笑みがより微妙なものになった。
室井は溶け切らない粉が山になっているカップの中身を当然のようにスプーンでかき混ぜ、市販のコーヒー牛乳よりミルクの色が濃いそれを吹いて冷ましながら青島の微妙な笑みを不思議そうに見ている。
「………甘党、なんスね……」
やっとそう言った青島に、室井はむ、と手元のカップを見て眉間にしわを寄せた。
「おかしいか?」
「いえ、おかしいとかじゃないですけど……」
ええとってもおかしいですよと言いたいのをおくびも出さずに青島は笑う。
それでも室井には青島の言いたい事が分かっているのだろう、ぶすっとした顔でコーヒーを飲む。
当たり前のようにカップを傾けるのを見て笑顔がちょっと引きつる青島をよそに、室井はお茶請けに出された生チョコケーキにフォークを入れる。ビターではなくミルク味で、青島はこれをブラックコーヒーと一緒じゃないと食べられない。
小麦粉を使わずに仕上げたと言う濃厚なケーキを口に含み、室井の顔がわずかにほころぶ。
本当に甘いもの好きなんだなあ、と思いながらその様子を見ている青島に、室井は面白くなさそうに顔をしかめた。
「やっぱりおかしいと思ってるんじゃないか」
「…………だって、ケーキも甘いんですよ?」
自分もケーキを口に運びながら、結局素直に感想を言った青島に、室井は頬をかすかに染め、口を尖らせてコーヒーを口に運ぶ。
「甘いものは疲れに良いんだ」
「ええ、俺も疲れたときはチョコとかつまんだりしますけど」
それにしたって甘すぎではないか。クリープそのものだって甘いのに砂糖もあれだけ入れたし。
ここまで言ったら完全に拗ねてしまうことは分かっているので、青島はあいまいに頷いて言いたいことの半分だけを言った。
「署ではブラックで飲んでましたよね?」
「………人前で甘いコーヒーが飲めるか。ガキじゃあるまいし」
甘党=子供ではないのは分かっているだろうが、やはり大の男が砂糖とミルクをたっぷり入れてコーヒーを飲んでいたらみんなちょっと不思議に思うだろう。
室井がいつものスリーピース、いつもの仏頂面でコーヒーに砂糖をどっさり入れていたら、湾岸署の人達の性格的にちょっとした噂にでもなりそうだ。
その様をちょっと想像してみて、ついでに新城や真下の驚愕の表情まで想像してしまい、青島は思わずふきだす。
自分が笑われたと思ったのだろう、むーっと室井が睨み付けているのに気づいて、青島はカップを口に運ぶことで口元に浮かんだ笑みをごまかした。
そうしてみて、自分が室井の「人前」のうちに入っていないらしい事に気づいた。
なんだか嬉しくなって、青島はニコニコ笑って室井に言った。
「甘いもの平気なんだったら、今度おいしいケーキ屋さんに一緒に行けますね」
「………テイクアウトして家で食べるんならかまわないが」
なら今度、おいしいタルト買ってきます、と言って笑った青島に、ちょっとだけ嬉しそうに、でも照れ臭そうに、室井はああ、とぶっきらぼうに答え。
また、砂糖の容器を手にとって、今度はカップの上で二秒間傾けた。

そうして、室井さんの新たな一面を青島が『大発見』した日の、翌日。
「結局、ほとんど満杯だった砂糖が三分の二になっちゃってさ〜! マジでびっくりした! いくら甘党でもあれは凄いよ!」
事件も起きず、書類も書き終えて、珍しくのんびりできる終業間際に、青島は室井の味覚の事を同僚に暴露してしまっていた。
四人とも、就業時間丁度に出て行こうとしっかり自分の荷物はまとめ済みである。そんな中、気の抜けた雰囲気でおしゃべりをしていて、青島は昨日の事を思い出したのだった。
室井にばれたら蹴りの一撃でも喰らった挙句にしばらく口も利いてもらえなくなりそうだが、あいにくと言うべきか幸いと言うべきか、青島の報告を聞いているのは真下、すみれ、雪乃の三人しかいない。
口止めはされなかったのをいい事に、青島は興奮した口調で三人に話した。
「あの室井さんがですか?」
心底意外だと言いたげに雪乃が目を丸くする。
「……似合わない、って言ったら悪いかな。でも似合わないわね」
すっぱりとすみれが言う。かなり面白がっているらしく、目元が緩んで声も少し弾んでいる。
「でしょ? 俺も意外でさ〜!」
青島がうんうんと頷いて、ちらりと時計を見る。まだ終業まで三十八分もある。
「甘いもの苦手なイメージありますよね。コーヒーも絶対ブラックで、て」
真下の言葉に、三人とも同意する。室井が署では砂糖を入れないこともあるのだろう、どうしてもあのしかめっ面で甘い物を口に運ぶ姿は想像しがたい。
「いや、それがさ。ケーキ出したらちょっと顔がほころぶんだよね。ほんの少しだけだけど」
生チョコケーキにミルクココアでも全然平気なんだってさ、と言う青島に、真下ははあ、と気の抜けた声で相槌を打った。
「室井さんにミルクココアって、なんかシュールですね」
ついつい本音を漏らしてしまった真下に、すみれと雪乃は同意しようとした。
だが。
「何言ってんの! そこがまたかわいいんじゃない!」
青島の、その力一杯の発言に、三人の顔が引きつった。
「………先輩?」
「甘い物好きなくせに、一生懸命隠そうとしててさ! でも顔って言うか、目つきで分かるんだよ! ほんのり目元が緩んでるって言うか!」
青島の口調がヒートアップしてくる。なんだかもう、「うちの室井さん自慢」と言った感じだ。
「ばればれなんだけど、でも隠せてるつもりになってるところがまたかわいくてさ〜!」
フォーク持つ時もう、うきうきしてんの!、としまりのない顔で延々とのろける青島に、真下が微妙な笑みのまま呟く。
「先輩『室井さんの変な所』について喋ってたんじゃなかったんですね……」
「最初はそのつもりだったはずですけど……」
雪乃も苦笑し、すみれは何だかなんだか遠い目をしながら言った。
「……結局、あばたもえくぼって事でしょ?」
ああ早く就業時間にならないかなあと心から思う三人をよそに、青島はなおも熱弁を振るい。
数分後、あまりの煩さ故すみれにキレられたのだった。

その数週間後、資料を取りに来た室井に出されたコーヒーは、カフェオレ色になるほどたっぷりと砂糖とミルクが入っており。
それを、眉間にものすごいしわを寄せつつも飲み干して帰った室井に、青島は二週間プライベートでは口を利いてもらえなくなったのだった。

2003,11,8



室井さんが甘党なのはもちろん捏造です(誰も信じないでしょうが)。
いや、お酒も強そうだし、辛い物もいけそうですが(でも知り合いにケーキと焼酎一緒に食う奴いるなあ)。
「物好き」のほうにしようかと思いましたが、「かわいい」で。
実際に上記の甘さでコーヒー飲んでみましたが、砂糖が溶けてませんでした(やってみるな)。
青島的には、室井さんが激辛大好きだろうと味覚が決定的にずれてようとかわいいんですが。
ちなみに新城さんも甘党です(自分的設定)。
ていうか、ごくナチュラルに公認カップルにしちゃってる気もしますが気にしないで下さい。



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