※「王の帰還」以降のお話です。
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会いたい

夕日に照らされて真っ赤に染まったゴンドールの王城の前庭に、一人立っている男がいた。
年を重ねてはいるが、不思議と老いた様子のない男だった。ただ、普段見にまとう威厳は、今はいささか減じたようであった。
男は───、この国の王、エレスサールは、じっと西の方を見つめていた。
たとえエルフの目をもってしても、そこから遠い海を見ることは適わない。それでも、彼は西を向いていた。
そこに、もう一つの人影が近づいていった。
彼の友である金の髪のエルフが、足音を立てずに彼の横に立った。
自分が近づいたことにも気付かないようにじっと西を眺める友に、エルフが憮然としたように言った。
「ここからは西は見えないよ。たとえ僕にだってね」
その声に、やっと気付いたのか、王は友の顔を見た。
「レゴラス」
呼ばれて、少し機嫌を直したようにレゴラスは微笑んだ。
「ギムリに工場から追い出されたから会いに来てあげたのに、こんな所にいるから随分探してしまった」
「それはすまなかった」
大方作業の邪魔でもして怒られたのだろう、大して怒った様子もなく言うレゴラスに、こちらも大して悪いと思った様子もなく苦笑しながら謝罪した。
静かだった。都の喧騒も、城の中の賑わいすら、この庭には届かない。
何か喋る気分でもなく、二人は夕日を見つめた。
僅かにある雲を薔薇色に染め上げながら、夕日が沈んでいく。風もほとんどなく、雲は少しも動かない。
この夕日が何を思い出すのかを、レゴラスは想像することしかできない。彼はあの別れの夕方よりも前に彼らと別れていて、あの場にはいなかったのだから。
でも、夕日の美しい日に彼らが別れを告げたことを、そして、彼らが旅立ったことを、友人たちの口から、便りから、知らされていた。
「……かれは元気だろうか」
ポツリと、黙りこくっていた王は口を開いた。懐かしそうな、痛そうな声だった。
「会いに行けばいい」
レゴラスは少し怒ったような声で返した。
「会いに行けばいい。エルダリオンに王位を譲って。海を渡って。フロドのところへ」
前を向いたまま、突き放すような声で言う。
その横顔を苦笑しながら見て、ため息混じりに王は答える。
「行けない」
ちらりと友が自分のほうに視線を向けるのを見ながら、諦めた顔で続ける。
「行けない。私はその資格を持たないのだ。……『彼』とは違う」
痛そうな顔するくせに。諦めたようなその口調と、固有名詞を出さないことに、無性にいらいらしてレゴラスは友を睨みつけた。
「資格など知らない!我らの絆こそ資格じゃないか。君が行って喜び歓迎するものはあれ、拒絶したりするものなどいない!」
いたとしたら僕が決闘を申し込む、といきまく姿は、だいぶ友人のドワーフに影響を受けているらしい。
「……レゴラス」
子供に聞き分けのないことを言われたときのような呼び声に、レゴラスはむかむかして大声になった。
「だから行けばいいのだ!会いたいと真実思うのならば!奥方とともに浄福の国に渡ればいい!」
一息に言って、レゴラスはキッと友を睨みつけた。
「そうだろう、アラゴルン」
ひどく興奮して言い募る友を驚いた顔で見つめていたが、王は───アラゴルンは目を伏せ、ただ首を横に振った。
とたん眦を吊り上げるレゴラスに苦笑して、アラゴルンは、小さく首を振った。これは消して義務故ではない、と告げるように。
「この国を愛しているのも本当なのだ。この国を捨てては行けないよ」
ひどく静かな、そして苦しそうな声だった。
責めるように見つめるレゴラスに、アラゴルンは泣きそうなほどに苦笑を深くして言った。
「いつだったか、サムが『身を二つに裂かれる気分だ』といったが、まさにそうだな。…………彼は、行ってしまったが………」
大切な友の一人であるホビットは、妻をなくして二つに裂かれることがなくなった時、彼の主であり、親友である『彼』の元へ旅立った。
「だが、私は行けない」
自分は死ぬまで、この身を二つに裂かれる気分のままでいなければならないのだ。
自嘲に似た笑みを浮かべて言う友に、レゴラスはこれ見よがしなため息をついた。
「………なら、そんなに西にばかり目を向けるんじゃない」
憮然とした様子で言った友に、アラゴルンは笑う。
「いいじゃないか。思いはどうしても募るのだ」
「……………」
レゴラスはまだ文句を言いたげにしていたが、アラゴルンが夕日を見つめるのに習って西を向いた。
その耳に、またも聞こえる呟き。
「会いたいな……」
「だから、」
「分かってるよ」
「…………」
それきり無言で、二人で西のほうを見つめていた。ちっとも見えやしなかったけれど。
………もうすぐ、西にも夜が来るだろうか。
だんだん闇に溶け込んでいく自分の影をちらりと見て、レゴラスは思った。

2005,9,4


原作、かつ追補編まで読んでないと分からないかもしれませんが……。
一応補足。サムは奥さんが亡くなった後、西にフロドを追っていったのです。
そして、エルダリオンは王様の息子です。


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