+++営業中+++


「待たせいたしました。アイスコーヒーでございます」
「ご注文を確認いたします。本日のケーキの紅茶セットお二つ。以上でよろしいでしょうか?……かしこまりました。少々お待ちください」
ティータイムのCafe SHAMROCK。
軽食よりむしろケーキや飲み物が売りであるこの店は、この時間帯がもっとも忙しい時期であった。
あまり席数は多くない店内では大声で喋るような客は居らず、程よい喧騒の中、店員たちが忙しく動き回っていた。
………だが。
ぐぅ〜〜〜。
そう大きい音ではないのに、何故か店内によく通った間抜けな音に、店主は客の目に付かない角度でこっそり顔をしかめた。
「……充」
ぐうぅ〜〜〜。
店主が呼ぶ声に答えるように、絶妙のタイミングで音が鳴り響く。
客の何人かがその音の正体に気づき、くすくすと笑い出していた。
「……充、ちょっと」
「え〜?」
小首を傾げて充が振り返る。それと同時に、また間抜けな音が店内に鳴り響いた。
……そう。充の腹の虫がなく音が。
その盛大さに、気づいた客の忍び笑いが店内に広がっていく。それに苦笑しながら慎重に紅茶を運ぶ晴に接客を頼むと目で合図して、店主は充を厨房に招き寄せた。
「……お前、その腹の虫どうにかしろ」
「だって腹減ってんだもん」
苦々しげな店主の言葉に、充は悪びれずに答える。
そのあっけらかんとした答えに一瞬虚を突かれながらも、店主は渋い顔でともかく、と言った。
「お客様の前で盛大に鳴らすな。引っ込めろ。腹の虫は接客中は腹から追い出せ」
「無茶だよそれ」
腹減ってんだもんとキッパリ言った充に顔をしかめつつ、店主は小声で話す。
「昼の休憩の時食い足りなかったのか?」
「ちゃんと食ったよ?」
「……どれくらい」
「カツ丼と肉うどんの大盛り」
「………なんでそれで腹が鳴るんだよ」
「いつも四時には腹減ってんだよね〜」
「燃費悪過ぎじゃねえか」
昼の休憩は大体一時半から順番に取る。充はいつも最初に行くので一時半に食事をしている事になるが、それにしても食事を終えて少なくとも二時間後には空腹になっている事になった。
「カツ丼いっぱいで九時までもつ恵を見習え」
「いやそれ無理」
呆れ気味な店主に全く悪びれない様子で言って、充はまた腹を鳴らした。
「あ〜あ。いつもは今ぐらいにちょこっと食べるから腹ならないんだけどなあ」
「……なんか持ってきてんのか?」
ため息交じりの充の言葉を聞きとがめた店主がそう尋ねると、充はうっとりした表情で答えた。
「いや、店の冷蔵庫からちょっと……あ………」
「………ほう?」
盗み食いの常習をぽろっと漏らした充に、店主の声が低くなる。
「………充……」
「だ、だって!腹鳴ったらまずいじゃん!ねえ!」
どすの利いた店主の声に蒼くなりつつ、充が必死に言い募る。
「……だからって、盗み食いしていいとは……」
「だって腹減るじゃん!毎日この時間に腹鳴っちゃうよ俺!」
「ちゃんと昼飯食えばいいだろ!」
「昼は満腹になるまで食ってるもん!それでもへるんだってば!」
だから仕方ないじゃん!と訴えた充にさらに説教しようとした店主のやる気をくじくように、充の腹の虫がまた派手に鳴った。
「…………」
それと同時に、大声を出せば客に筒抜けである事をやっと思い出し、店主は情けない表情で盛大にため息をついた。
「………。……分かった。今までのは不問にしてやる。そして今度からは何かつまむものを用意しろ。……今すぐ、その腹の虫をどうにかしろ」
「え、無理。何か食わなきゃ無理だよ」
「…………」
ああもう、と脱力している店主と充の鼻においしそうなカラメルソースの匂いが届き、充の腹が正直に反応した。
「うわ〜、あのケーキうまそ〜」
「………」
何か腹に入れなければ収まらないといった口でそう呟く充を、店主は無言で睨む。
しかし充はその視線に気づきすらせず、『本日のケーキ』であるカラメルケーキを見つめていた。
「………………」
ぐぅ〜〜〜。
店主の呆れきった視線の先で、また充の腹の虫が鳴った。
充はきらきらとした目で幸の手で盛り付けられているお菓子をじっと見つめている。
……そして。
「…………分かった。……食っていい」
とうとう、店主は充のきらきらした視線に負けてそう言ってしまった。
「え!マジで?サンキューマスター!」
弾んだ声を上げた充に心底悔しそうな顔をして、店主は食ったら戻れよ、と言って店内に戻った。
「……ったく」
店主自ら商品を食べさせてしまうなんて。
ものすごく悔しくなりながら店主は、客の前で条件反射的に作る笑顔でお盆を持った。
その、瞬間。
ぐぐぅ〜〜〜〜。
「……………」
店内から聞こえた間抜けな音に、がっくりと脱力してドアにもたれかかった。 客の間からはまたも忍び笑いが漏れる。
その前で、音の発信源……晴は、照れくさそうに笑っていた。
「……晴」
力ない声で店主が呼ぶと、晴がばつが悪そうな顔で振り向いた。
「………お前も?」
「……えへ♪」
「…………」
えへじゃねえだろう大の男が、と心から叫びたくなった店主の前で、もう一度晴の腹が鳴った。
「……………」
いつも充と組んでつまみ食いをしているホール係の腹の虫に、ものすごく情けない気持ちになりながら、店主はため息を吐いた。
…………その10分後、店内ではいつもよりうきうきとしたホール係二人組みが接客にいそしみ、いつも笑顔を絶やさない店主の表情は心なしか疲れきって見えた。


その、数日後。
Cafe SHAMROCK店内、厨房の片隅に、こっそりと、店主によって『緊急用お菓子箱』が設置されたのだった。
そしてそれは、店員たちの手によっていつも何かしら入っており、時折おなかがすいた店員たちが利用したのだが、主に利用するのはこの店のつまみ食い常習犯達だった。



実際の会場内ではたいしたお菓子は出ないですが……。
今回は半分実話なお話でした。
今回のパンフにはスタッフによる4コマが掲載されているのですが、何となく思いついたのでこのサイトで公開することにしました。
どこまで実話なのかは会場で分かるかもしれませんし、分からないかもしれません。

……こっそりとSSを三部作にする気だったりします。
そして一話ごとに誰かしらかわいそうな目にあったりします。
今回のテーマは「店主(名前はあるけど伏せてます)いじめ」です。


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