変わった物
いつも通り、規則的で安らかな寝息を認識して目が覚めた。 寺院の朝は早く、その中でも一番目を冷ますのが早い三蔵が起き上がったのは、いまだ空が白みかけてもいない時間だった。 両手と左足をはみ出し、やや斜めになって大の字になっている悟空を見て、三蔵はがりがりと頭をかいた。 朝の気配も感じない、冷たい空気を深く吸い込み、布団から抜け出す。 明かりを灯さないまま服を着替え、布団を片付けて窓を大きく開け放っても、悟空は目を覚まさない。 もうしばらくしたら寺院内も朝の支度に煩くなるだろう。 諸々の庶務に煩わされる前の、しばしの憩いの時間に、寝起きの一服を窓辺で楽しむ。 ふと。 自分の足元であどけない寝顔をさらしている少年の顔を眺めて、気付いた。 この少年を拾ったのは、丁度去年の今ごろである。 正確な日付など覚えておらず、興味もないが、このくらいの気候の頃であっただろうと思い出した。 もちろん、気付いたところで記念日だのお祝いだのと騒ぐのは冗談じゃないが。 そう言えば、拾った時よりは、自分もこの子供も身長は伸びたようだ。 お互い、外見が貧弱なことに関しては全く変わっていないが。 この一年で、変わったことは何、と思い起こす。 体の成長、ただそれだけではない。 自分の中で、変わったことが多々あった。 感情を表に出すこと。例えば大声で怒鳴りつけたり。 そんなことはここ数年したことがなかったはずだ。 いつから、と言えば、もちろん、自分の師匠が亡くなった時。 その瞬間に、感情など捨ててしまったと思った。 己が生きるために、それを捨てることで心のバランスを保った。 そのはず、だったのだ。しかし。 子供の無邪気さゆえか、………この少年だったから、か。 捨てたはずの、忘れたはずのその感情は、あっさりと溶け出してしまった。 ……ただ、この子供が怒らせるのがうまいということなのかもしれない、と思う。 だが。 煙草を灰皿に押し付けて消し、窓を閉めて、三蔵は悟空の布団からはみ出した手足をきちんと布団に戻してやる。 こんなことは、してやろうなどと思わなかった。 その手に触れたときの、温もりを感じた時の、何となくわいてくる感情。 こんなものは感じなかった。 この少年が満面の笑顔で笑いかけてくる時の、気持ちは。 もしかしたら、師匠が健在であった頃でさえ、感じたことがなかったかもしれない。 そこまで考えて、つらつらとそんなことを思ってしまった自分に舌打ちをする。 そして、温かい子供の体温をもう少し感じていたいという、密かな気持ちに蓋をして、立ち上がった。 そろそろ寺の中が騒がしくなっている。 今のうちに自分から出て行かないと、誰かが呼びに来るだろう。 そうしたら、もしかしたら子供の安らかな眠りが妨げられるかもしれない。 だから、自分から部屋を出る。 その思考の流れに自分では気付かないまま。 窓の外は、ようやくほんの少し白みかけてきていた。 |
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