-10歳の恋人・後編

悟空に手を引かれ、八戒は困惑顔のまま外に連れ出された。
「悟空、すいませんがもう少しゆっくり……」
「あ、ごめん」
体の大きさに比例して、コンパスも小さくなったことにやっと気付いてもらえたらしい。
寺から出るまでにすでに息が上がってしまっている八戒が落ち着くまで、悟空は待ってやる。
「大丈夫?」
「はい。……で、何して遊びましょうか?」
「んーと。……何して遊ぼうか?」
聞き返されて、八戒はえ? と首を傾げた。
「考えてなかったんですか?」
「八戒、木登りとか鬼ごっことかできる?」
「……………何して遊びますかねえ」
なるほど、自分の体の大きさを考慮してくれたのか、と思いながら、八戒は情けない気持ちで溜息をつく。
「三蔵の仕事が早く終わった時は、適当に散歩してるんだけど。それでいい?」
「……三蔵さんが、一緒に散歩してくれるんですか?」
悟空と一緒に、あの三蔵がお散歩?
あまり、と言うか全然その情景が想像できない。
無理に想像して、仏頂面のまま散歩している様が頭に浮かんで、想像しちゃいけない、と頭を振った。
「するよ? 座りっぱなしできつい時とかは、仕事中でも」
「……そうですか」
意外だとか言ったら失礼かな、と思って、そう口にするしか出来ない。
特に何も遊びを思いつかなかったので、とりあえずお散歩することにして、悟空は八戒の
歩く速度にあわせながらニコニコ笑う。
「あ、そうだ。この前あっちで提灯みたいなオレンジ色の実がなってんの見つけてさ」
「ああ、ホオヅキですか」
「ホオヅキって言うの? 三蔵に持っていったら、中の身から種出して風船作ってくれたんだ」
悟空の相手をしてやる、仏頂面の、最高僧……。
「………そうなんですか」
ちょっと、もう、深く考える気にもならなくて、そう答えるしかない。
でも、悟空のこの笑顔は三蔵に相手をして貰えている証拠なのだろう、と思い直して、八戒は悟空に優しい笑顔を向けた。
「悟空、もし三蔵のお許しが出たら、今度うちに遊びに来て下さい。いつでも。二人だけより三人の方が楽しいですから」
勝手に言ってしまって、悟浄は怒るだろうか。いや、彼ならきっと喜んでくれるだろう。
そう確信しながら言った言葉に、悟空は本当に嬉しそうに、無邪気に笑った。
「うん、遊びに行く!」
つられて微笑む八戒の手を引いて、悟空は木の根を跳び越した。
八戒は上手く跳び越える事が出来ず、悟空に手を取られたまま転んだ。
「あっ! 八戒、大丈夫?」
一人で立とうとする前に悟空に抱き起こされ、服に付いた土を払われる。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「怪我してないな? よかった」
おろおろと八戒の服の汚れを払い、怪我がないことに安心して、悟空はにっこり笑った。
「泣かなかったな。えらいえらい」
「………………………」
中身は十九のままだし、九歳の子供だって転んだくらいじゃ泣かないのに。
完全に子供扱いされ、八戒は何だか沈んだ気持ちになった。

悟空と八戒が、日が暮れてからやっと戻ってくると、三蔵は書類に目を通し、悟浄は目の前の壁を睨みつけるようにして何か考え込んできた。
「……悟浄?」
深紅の瞳が宿す、いつにない逼迫した色に、八戒は恐る恐る声をかける。
その呼び掛けに応じて、悟浄の表情が和らいだ。
「遅かったな。楽しく遊んできたか?」
完全に、いつもの表情だ。
それが、八戒を戸惑わせる。
三蔵と、何を話していたのだろう。
「おい悟空、怪我させたり泣かせたりすんなっつったろ?何でこんなに服が汚れてんだよ?」
悟浄が八戒に近付きながら言うと、悟空は慌てて言い返す。
「転んだだけで怪我なんかしてねえもん。泣かせてねえもん」
立ち尽くす八戒を抱き上げ、悟浄は八戒の顔を覗き込んだ。
「どうした、困ったみたいな顔して?」
「え?」
優しい声で聞かれ、八戒は言葉を詰まらせる。
何を三蔵と話したのか、と。
聞きたいのに、悟浄はいつも通りに笑っていて。
聞く隙がないように、笑っていて……。
「………何でもありません」
そう答えるしかなかった。
「三蔵、なあ、メシまだ?」
「喧しい! 仕事ができんだろうが!」
ハリセンを持ち出しながら三蔵が怒鳴る。
「じゃあ、そろそろお暇しましょうか」
三蔵の仕事の邪魔をしたら撃たれそうだし。
言外の意味を察したのかどうか分からないが、悟浄は伸びをしながら席を立つ。
「んじゃまたくるわ、くそボーズ」
「二度と来るなゴキブリ野郎」
不機嫌な見送りの声を聞いて、もう真っ暗になっている外に出た。
やはり抱っこされたままなのだが、悟空に連れ回された後で疲れているので、八戒はもう下りようとしない。
「悟浄、何か分かりましたか?」
歩くことで生じる規則的な揺れに、だんだん眠気を誘われながら八戒は訪ねる。
「うーん……。なんかよく分かんねえってさ」
「……今の間は何ですか?」
「気のせい気のせい」
眠気のせいで、深く追求する気になれない。
「眠いか? 眠ってていいぞ?」
「………はい……。すいません……」
閉じていく瞳で見た悟浄は、優しく笑っていた。

考えられるのは、二つ。

窓から入ってくる風の優しい部屋で、三蔵に告げられたのはそれだった。
酷く不機嫌そうなのは、真剣なせいだろうか。
「二つ?」
聞き返す悟浄に、三蔵は机の上にひじをついて眉間に皺を寄せている。
「一つは、奴が妖怪の体に馴染む為にバランスを取って子供になったと言う可能性」
「―――――」
「もう一つは、奴が妖怪である自分を拒んでいると言う可能性だ」
「……………」
なるほど、八戒を悟空に押し付けて追い出したわけだ。
どちらも悟浄には否定できなかった。
前者はともかく………。
「………八戒がさ。この前、ふざけてて耳に触ろうとしたら、すげえ怖がってて………」
一気に凍り付いた表情。
『………す………いません』
恐怖に掠れた声。
あまりに怯えきっていたため、しばらく悟浄がフォローを入れることも出来なかった。
思い出して渋面を作った悟浄に、三蔵は溜息をつく。
「とにかく、奴には知らせん方がいいだろう」
考えられる原因が原因なだけに。
なんとかごまかす事を決め、三蔵は仕事に戻り、悟浄はただじっと考え込むしかなかったのだった。
家に着いても眠り続けている八戒をベッドに横たえ、悟浄は自分が空腹であることに気付いた。
そういえば昼食も取っていない。
いまさら気付いて苦笑したが何も作る気になれず、出前をとることにして、悟浄は冷蔵庫から、とても気の回る恋人が欠かさず入れておいてくれる、自分好みの銘柄のビールを取り出した。

「何怒ってんだよ」
「…………………」
ちゅるるるる、とラーメンをすすって、八戒は悟浄をふくれっ面で見上げた。
「起こしてくれればちゃんとご飯作ったんですよ?わざわざ高い出前とらなくてもいいじゃないですか!」
悟浄と同居(同棲?)し始めてから、すっかり発言が主婦と化してしまった八戒だった。
味噌汁用の椀と小鉢にラーメンとチャーハンをついでもらった八戒が、ぷりぷり怒りながらチャーハンを口に運ぶ。
「ほれギョーザ」
「あ、ありがとうございます。……もう、スーパーで買ったら二十個で百円台で買えるんですよ?」
「悪かったって」
家計のやりくりを全部八戒に任せている悟浄は頭が上がらない。
「あ! 今日特売日だったのに、スーパーに行くの忘れてました!」
「…………。奥さん…………」
特売のチラシを毎日チェックする様がとても絵になる八戒に、悟浄は脱力する。
「もらって頂いた覚えはありませんよ。……ごちそうさまでした」
きちっと食べた食器を重ねて、八戒が流しに持っていく。
「俺が洗いモンやってやるよ。お前座ってな」
まだチャーハンが数口分残っている悟浄が言う。
「そうですか? お願いします」
流し台に手を伸ばすのに、ずっと爪先立ちをしたままでいるのは苦痛だし。
悟浄が食器を洗っている間に風呂を入れようと考え、浴室に向かう。
洗い物に集中している悟浄はそれに気付かず、綺麗に洗った食器を片付けた後に戻ってきた八戒に驚かされることになる。
「何やってきたんだお前!」
「お風呂洗ってたんですけど………」
濡れた服地に、所々泡が付いている。後ろは特に広範囲に。
小さくなったせいで奥まで洗い辛く、中に入って洗おうとしたのはいいが、見事に滑って尻餅をついた挙句洗剤だらけになってしまったのだ。
「足は流してきたんで、床は汚してませんけど……」
「んな事どうでもいいって! さっさと流して………。もうついでに風呂に入っちまえ」
昼間行った洋品店の袋を手に取り、八戒を促して悟浄は風呂場に入る。
「…………で、何でここまで一緒に来るんですか?」
「一緒に入るからに決まってるだろ?」
当たり前のように言い放った悟浄に、八戒は鼻の上に皺を刻んで
「…………言っときますけど僕絶対相手できませんからね」
言うと、悟浄は微妙な笑みを浮かべて動きを止めた。
「…………………。………分かってるよ」
「分かってもらわないと困りますからね」
「ああ、うん………」
目に見えて落ち込んだ悟浄を見て、八戒は呆れながら言ってよかった、と思った。

「…………なあ、八戒。ちょーっとだけ試していい?」
「え?」
何を、と尋ねるより先に、悟浄の手が八戒の腰に回り、体を引きせられた。
「ほんっとーに、『出来ない』のかな―って」
「ちょっ、悟浄!」
「こういうのって個人差あるじゃん? やってみたら案外………」
「出来ません! やっ、ちょっと……。どこ触ってるんですかー!」
必死に引き剥がそうとしても、子供の力では悟浄の手から逃れることなど出来ない。
「いやです! いや――――!」
絶叫する声に耳を痛めつつ、悟浄は八戒の顎を捕らえる。
「悟浄っ!」
「ちょっと黙んな」
鼻先にちょん、と唇を落とすと、八戒はくすぐったくて思わず目をつぶってしまう。
そこを狙って、掠め取るように唇を奪った。
その、途端。
ワインのコルクを抜いた音を大きくしたような音が風呂場に響き、八戒の体が元に戻った。
「えっえっ?」
「……戻った………」
いきなりのことに呆然としていた二人だが、八戒はすぐに笑顔で顔を上げた。
「戻れましたよ、悟浄!」
「………………」
「キスで変身が解けるなんて、まるでメルヘンの基本みたいですね。でもよかったです。いつ戻れるかと………。………悟浄?」
はしゃぐ八戒と対照的に、悟浄は黙りこくったままだ。
「どうしたんですか、悟浄?」
「………………いただきます!」
「えっ?」
言うなり八戒を引き寄せた悟浄に、八戒は目を丸くする。
「ちょっと、悟浄?」
「元に戻ったらやり放題じゃ〜ん♪ 気持ちイイことしよ―ぜ、八戒♪」
「…………いやー!」
八戒の悲鳴に構わず、悟浄は満面の笑みで逃げようとする八戒をホールドした。

−少々お待ちください―
(この部分は裏ページにアップして有ります)

「結局、どうして子供になったのか分かりませんでしたね」
髪を拭きながら八戒が首を傾げる。
「まあいいじゃん? 元に戻ったし」
ビールを傾けのんびりと言う悟浄に、八戒は苦笑する。
「それで、いいんですかね?」
「悩んだところで分かりゃしねえし。いいんじゃねえ?」
「…………そうですね」
手振りで呼び寄せられ、ビールの匂いのするキスを交わし、笑いあった。
「あー、今日は疲れた」
「僕、悟空と遊ぶのが疲れました」
「俺のお相手もあったし、な」
にやりと笑う悟浄に、八戒は頬を赤らめながら反撃の言葉を探す。
「…………………自覚あるなら控えてくださいよ」
ベッドサイドにビールの空き缶を置いて、二人でベッドに潜り込む。
「かわいかったなー、子供の頃のお前。抱き心地はどっちもいいけどなー」
「だから、そういうこと言わないで下さい」
少し顔を赤らめる八戒の額にキスを落として、悟浄は笑う。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
目を閉じた八戒が眠りやすいように、寝返りを打っても潰さない程度の距離を取る。
悟浄としては抱いて眠りたいのだが、自分よりはるかに早く起きる八戒は、食事を作るために腕から抜けるとき、悟浄を起こしてしまうかもしれないのが嫌だと言ったのだ。
起こさないように気を付けながら、柔らかい八戒の前髪の感触を楽しむ。
「………もう俺、お前が大人だろうが子供だろうが、『お前』ならどうでもいいや」
囁くような呟きを優しい笑みで口にして、自分も目を閉じた。
そのまま眠りに落ちた悟浄は、八戒が悟浄の言葉に顔を赤らめていたことを知らない。

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