I do. -Not only one but...-

森を入っていくと、いきなり視界が開ける。
あまり広いとはいえないが、日当たりがよく、子供の遊び場にもなっていない花畑。
ここを人に教えたのは初めてだな、と思いながら、悟浄は陽だまりで思い切り伸びをしている八戒を見て微笑む。
「気に入ったか?」
「はい」
太陽のまぶしさに目を細めながら笑う八戒に、暖かい気持ちになる。
絶好の洗濯&布団干し日和、と言って昼近くまで洗濯物と格闘していた八戒を少々強引に
誘ってここに来たのだが、気に入ってくれたようだ。
お日様の匂いのする風が木々を揺らし、木漏れ日が、形を変える精緻な光のベールのように八戒の上に落ちかかっていた。
自然と微笑みたくなるような心地よさの中、八戒はクローバーが群生している横に座って悟浄を呼んだ。それに応えて悟浄は八戒の横に腰を下ろす。
「何だか、懐かしい気がします」
「懐かしい?」
訊き返す悟浄に、八戒は頷く。
「幼い頃、孤児院にいましたから。森の中じゃありませんけど、庭の陽だまりの中にクローバーや小さい花が咲いてて」
「孤児院て、教会の?」
「修道院ですけどね。………笑わない子でした、昔は。でもその庭は好きだったんです」
「へえ。何か笑わねえ八戒って想像できねえな」
「そうですか?」
首を傾げる八戒の頬に、悟浄はそっと触れる。
「怒ってる時でも笑ってんじゃん、お前」
「あはは、成長しましたねえ」
あっけらかんと笑う八戒に、悟浄も笑う。
「庭でね、女の子達がクローバーで首飾りとか指輪とか作ってるんですよ」
「指輪?」
「ええ、こうやって」
八戒が一本クローバーを手折り、指輪を作る。なるほど、花が宝石の代わりというわけだ。
茎を咲いて花を通した指輪は、素朴だが愛らしい。
「へえ、上手いんだな」
「作るのは初めてですけどね。作ってるのを何度か見かけましたから」
悟浄も真似して作ってみる。が、茎が上手く裂けない。
結局6本無駄にして、綺麗な指輪が2つ出来た。
「意外と難しいのな」
「生花ですからね」
苦笑する八戒が、でも上手く出来てますよ、とそっと悟浄の指の中の指輪を摘んだ。
「あ、そろそろお昼ですね」
太陽がほぼてっぺんに来たことに気付き、八戒が言った。
花に夢中で気づかなかったが、そう言えば腹が減っている。
「お弁当作ってきたんで、食べましょうか」
「……さっき準備するって言ったのって、これのことだったわけね」
二段のお重の下の段には唐揚げとオニギリ、上の段には煮物や卵焼き、フライが2種類。
所要時間、およそ30分。
「時間なかったんで、適当ですけど……」
「いや、すげえってお前」
悟浄がお弁当を見つめながら言うと、八戒は笑って水筒から温かい玄米茶をついでくれる。
悟浄が好きなおかずを何品か紙皿にとってくれる八戒に心底感心しつつ、玄米茶をすする。
香ばしくていい感じだ。
いただきますを言うなりがつがつと食べ始めた悟浄を嬉しそうに見て、八戒も料理に箸をつける。
今日の卵焼きの出来は上々だ。
ピクニック気分に食欲を刺激されてか、いつもより多い量を平らげた悟浄に、八戒が玄米茶をついでくれる。至れり尽せり、である。
「あ〜、幸せ。ごっそーさん」
「お粗末さまでした」
自分も玄米茶をすすりながら、八戒が返す。
「いい嫁さん持ったわ」
「もらって頂いた覚えはありませんけど?」
いつものやりとり。
不意に、さっき作った花指輪が目に入った。
指輪を手に乗ると、ある考えが浮かぶ。
「じゃあ、もらっていい?」
「え?」
悟浄の言葉に振り向くと、彼はいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。
手には、慎ましやかな花指輪。
まるで教会の庭のような、美しい自然の花畑。
悟浄は、なんとなく理解したらしい八戒の手を取り、そっと指輪を八戒の左手の薬指にはめる。そして囁いた。
「汝、猪八戒は沙悟浄の妻となり、健やかなる時も、病める時も、富める時も、貧しい時も、死が二人を別つまで、愛し続けることを誓いますか?」
くすぐったいような笑みの覗く声。
「僕が妻ですか?」
八戒も苦笑する。何だか嬉しそうに。
「そう。大事にしちゃうよん?」
な、どうよ、と訊いてくる悟浄に、八戒はしっかり間を取った後、答えた。
「……浮気されそうだし、止めておきます」
言われた瞬間、悟浄の肩ががっくりと落ちた。悟浄が手にしていた指輪も落ちた。
「うっそん」
ちょっと、かなりがっかりしている模様。
ここまでがっくりするとは。
八戒は苦笑し、悟浄が落とした指輪を拾った。
「悟浄」
小さく呼びかけ、八戒は指輪を口元に持ってきて微笑んだ。
そっと悟浄の手を取り、指輪をその手にはめてやる。
「八戒?」
呼びかけに、八戒ははにかみながら言った。
「オンリーワンじゃなくても、ナンバーワンにしてくれると誓ってくださるのならなら、誓ってもいいですよ?」
一瞬目を見開いた後、悟浄は何だか泣きそうな微笑みを浮かべて、八戒の手を握り返した。
「………誓います」
悟浄のその声を合図に、どちらからともなく目を閉じた。
牧師も、神も目の前にはいないけれど。
お互いがお互いに誓うため、二人は唇を合わせた。

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