白昼夢

少年は、自分の身長よりもはるかに長いほうきで、1時間近く落ち葉と格闘していた。
掃いても掃いても掃いても掃いてもなくならない落ち葉を、半ば意地になって掃き続ける。 が、最初に掃いた場所に目をやって、そこにまた落ち葉が大量に落ちているのを見て、やる 気が失せた。
落ち葉の元凶である大木の一本にもたれて、溜息と同時に汗を拭く。
「やってらんねえ」
仏道修行をしているはずの人間とはとても考えられないようながらの悪さで呟くと、下ばかり 見ていて痛くなった首や、ほうきの使いすぎでこった腕を軽く動かした。
かさ。
自分の背後で不意に落ち葉を踏む音がして、警戒に体を強張らせた。
師匠は昨日から出かけているし、僧正はこんな庭の奥に足を運ばない。
だとすればいけ好かない坊主なのだろうが、それとは気配が違う。
奴等は単独では来ないし、何よりいきなり足音がこんな間近で聞こえるはずがない。
そっと振り向いて。
ぞっと背筋に悪寒が走った。
見知らぬ子供が、落ち葉を踏んで立っている。
年は自分と同じくらい。
きょろきょろと辺りを見回す瞳の色は、人のものとは思えない金色(こんじき)。手足には重 そうな枷がはめられている。
それだけで充分に異質であったが、子供の体が透けているのを見て、肌が粟立った。
度胸とかそういう問題じゃなくて、多分これは生理的な怯えであろう。
ふと、子供の視線が少年に向けられた。
そして。
子供は宝物を見つけたように笑った。
ただ笑っただけなのに、不思議と印象が変わる。
異質な存在だった者が、普通の可愛らしい子供に見えるようになって、少年は戸惑った。
「会いに来てくれな?」
子供が言う。表情は満面の笑顔なのに、どこか切なげに掠れた声。
「呼ぶから。会いに来てくれな?」
もう一度、今度は泣きそうな表情で訴えて。
子供は唐突に消えた。
慌てて子供がいた場所に走り寄るが、すでに誰もいない。
白昼夢だったのか。
そう思ったが、己の心が違うと叫んでいた。
「呼ぶから。会いに来てくれな?」
それだけ言って消えた、あの異質で可愛らしい子供の姿が頭に焼きついていた。

師匠が帰ってくるなり、何かあったのかと尋ねてきた。
何か大切な物をなくした様な顔をしている、と言われた。
何でもないと言って師匠の身の回りの世話をする間にも、あの言葉が胸を叩く。
「会いに来てくれな?」
「呼ぶから。会いに来てくれな?」
知るかよ。
床に入ってからも追いかけてくる声に、短く言ってやる。
呼んだって知るかよ。
俺には関係ない。
「呼ぶから。会いに来てくれな?」
………………知るかよ。
声に背を向けるように寝返りを打つ。
……でも。
もし、無視できねえぐらい煩く呼びやがったら。
思って、口にうっすらと笑みを浮かべる。
その時は、見つけ出して煩せえって一発ぶん殴ってやる。

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