月と太陽
三蔵が出張で二日間留守のため、悟空はいつものように八戒のもとへ(といっても、悟浄の家なのだが)預けられることになった。 三蔵に食費は渡されているが、とてもではないが悟空が満足するだけの料理を自宅で作る気にはなれず、悟空が泊まる時の夕食はいつも焼肉の食べ放題になっている。 制限時間いっぱい食べ物を胃袋に詰め込んで満足した悟空を筆頭に、満腹感に何となく幸せな気分で三人は家へと歩く。 コートを着ているからあまり気にはならないが、外は息が白くなるほど寒い。 その分空気が澄んでいるので、頭上にはくっきりと星が浮かんでいた。 夜に出歩くことが少ないのだろう、悟空は星が瞬く様を物珍しそうに、首が痛くなりそうなほど上を向いてみていた。 「悟空、転ばないように気をつけて」 「うん、分かってる」 返事をしながらも、悟空は顔を上向かせたままだ。 まあ、上を向きながら歩いているから大して速く歩けないし、転んでもたいしたことはないだろう、と判断して、八戒は強く注意しようとはしなかった。 春や夏に比べてみると、星星の見ごたえが全然違うのも確かなのだ。 惜しいのは、今日が新月で月が見えていないことぐらいか。 そう思っていると、悟空が不意に不思議そうな顔をして振り向いた。 「何で月出てないんだ?星は出てるのに」 心底不思議そうな悟空の声に、悟浄が煙草の灰を落としながら答える。 「新月だからだろ?」 「シンゲツだと月出ないの?何でシンゲツだけ昇んないんだろ」 「昇ってるぜ?」 「え?うそ」 「嘘じゃねえって。見えねえけど、昇ってんの」 何でこんなことも知らないんだ、と思いつつ悟浄が言うと、悟空は夜空の中に輪郭だけでも見つけようとするように目を細めてじっと空を見上げる。 もちろんそれは不可能で、悟空はすぐに諦めて二人のほうを振り返った。 「何で見えねえんだ?」 「ん〜っと」 どう説明しようかと少し考えた悟浄は、煙草を一息吸い込んで夜空を見上げる。 「月が光って見えるのは、本当は太陽に照らされてるせいなんだよ。光が当たる角度が変わるから満月になったり三日月になったりするわけ。新月の時は太陽の光が当たってないんだよ」 この説明でいいか、と悟浄は八戒の顔を見、八戒は軽く頷く。 その前で、悟空は分かったような分からないような、複雑そうな顔をしている。 「えっと、太陽が当たったり当たんなかったりするから真ん丸くなったり見えなくなったりするんだ?」 「そうそう」 太陽が、じゃなくて、光が、だけどな、と頷く悟浄に、悟空はすごく感心したような表情でまた空を見上げる。 「へ〜、太陽が当たんなかったら月って見えなくなるんだ〜。そっか〜」 新しいことを知って、さらに星がきれいに見えるようになったかのようにはしゃいでいる悟空に、八戒と悟浄は顔を見合わせて微笑んだ。 やがて悟浄の家が見えてくると、悟空は先に走っていってしまった。 鍵はドアの近くの植木鉢の下に隠してあるので、先に開けて入るだろうから、別段八戒も悟浄も急がない。 「……太陽と月、ね」 不意に悟浄がそう呟いて、八戒は顔を覗き込む。 「なんですか?」 「俺が月で、お前は太陽だな、って」 「……なんですか、いきなり?」 いきなりの発言に苦笑しながら、八戒が問い掛ける。 悟浄は八戒の顔を見て、にやっと笑う。 「元気になるのもしょぼくれんのも、お前次第ってこと」 一瞬驚いたあと、八戒は照れくさそうに苦笑する。 「……ありがとうございます」 八戒の照れた表情に満足そうな悟浄に、何だか悔しい気がして八戒は続けた。 「……でも、逆じゃないですか?」 「ん?俺が太陽?」 「……はい」 しまった、これもまた恥ずかしい、と思いながら、八戒はこっくりと頷く。 悟浄は嬉しそうな顔をしながら、小さく首を振る。 「でもちょっと違うな」 「何がですか?」 首を傾げる八戒の手を、悟浄はぐい、と掴んだ。 引っ張られる形で手を繋がされた八戒の耳に、悟浄は囁く。 「お前は俺を暖めてくれんだろ?だからお前が太陽」 耳に直接届いた声に、八戒は首まで真っ赤になる。 目の前にある耳が赤くなったのを見て、悟浄は声を出さず息だけで笑う。 そして、そっと手を離して、立ち止まってしまった八戒を置いて歩いていってしまった。 追いつこうにも、顔の熱さが収まるまでは悟空がいる家の中に入れない。 何とか落ち着こうと努力しながら、まだ残っている悟浄の手の感触に、そっと繋いでいたほうの手を握った。 自分のより大きくて、少しだけ体温の高い手。 もはや慣れてしまったその感触を思い出しながらもう一方の手で拳を撫でて、八戒は呟く。 「………あなたのほうが暖かいじゃないですか、悟浄」 呟いたあと、はっと我に返って恥ずかしくなった八戒は、また熱くなった頬を冷やすため、もう少しだけ家に入るのが遅れることになった。 |
「月」や「太陽」って言ったら三空(金空?)っぽいけど、あえて浄八で。
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