祈り

誰か、僕を好きになってください
誰か、…………

「ええ〜!? またナタクと会えないの〜?」
怪我をして倒れたきり一度も顔を見ていない友人に、今日こそは会えるだろうと希望を抱いて通うようになって、もう何日がたったのか。
また会えなかったことに落胆しつつ、御見舞いの花を入り口にいた女性に押し付けて、悟空は元来た道を取って返した。
部屋に戻っても、構ってくれる人はいない……と思っていたのだが、今日は違うらしい。
「あ、天ちゃんだあ!」
嬉しそうに声を上げた悟空に気付き、のんびりとくつろいだ様子で部屋の主と話していた天蓬元帥が振り向く。
「おや、悟空。おかえりなさい」
「ただいま♪」
頭を撫でられ、くすぐったそうに笑う悟空の表情に、思わず書類に追われている金蝉も頬を緩ませた。
「あのね、ナタクに会いに行ったんだけど、今日も会えなかったんだ」
悲しそうに眉を寄せ、悟空はうつむいてしまう。
「よっぽど具合悪いのかなあ、ナタク……」
しゅんと項垂れてしまった悟空を元気付けようと、天蓬は言葉を探す。
だが、彼が何か言うより早く金蝉が口を開いた。
「お前と早く遊べるようになるために、早く体を治そうとしてるんだ。心配しなくても、すぐに会えるようになる」
その言葉に、悟空は顔を上げる。
「……本当?」
「その為の面会謝絶なんだ。一緒に遊びにいくと約束したんだろう?」
優しいその口調に、悟空の顔に少しずつ笑顔が戻る。
「うん。そうだね」
気分が上向いた悟空が、遊びに行って来る、と部屋の外に走り出るのを見送って、天蓬が口を開いた。
「驚きましたよ」
「何がだ」
「まさかあなたの口からあんな言葉が出るなんて思いませんでした。……あの子の影響ですかね」
「………うるせぇよ」
照れたのか怒ったのか分からない金蝉の口調に、天蓬はこれ以上追い討ちをかけようとはしなかった。
金蝉が口を開かなかったら、必ず自分が言っていただろう言葉だったから。
笑っていて欲しいと、切に思わせるまっさらな少年の顔を思い浮かべ、天蓬は微笑を浮かべた。

夜中。
悟空は金蝉を起こさないように気をつけながら、昼間のうちに摘んでおいた花と、用意した手紙を掴む。
昼間は金蝉の言葉に素直に頷いたが、どうしても会いたくて仕方がなかった。
「……悟空?何をしている」
こっそりと部屋から出ようとした瞬間呼び止められ、大げさなほど体が驚きに跳ねる。
「どこに行くんだ?」
落ち着いた金蝉の言葉に、どうしよう、と思いながら、
「ト……トイレ」
か細い声で呟く。
心の中で、花を持ってトイレに行くつもりか、と金蝉は呟くが、口にはしない。
その様子から、なんとなく事態は察することが出来たので、そのまま横になりなおした。
「……見つからないように気をつけていけよ」
「えっ? ……………うん!」
ばれたら絶対叱られると思っていた悟空は金蝉の言葉に目を見開いたが、次に笑顔を浮かべて部屋のドアを押した。
「ちっ……。俺も甘いな」
と、金蝉が呟いたことを、悟空は知らない。

鎖の音が響くから、なるべく庭のほうを通っていく。
月が隠れて上手い具合に闇になり、悟空は大急ぎでナタクの部屋まで走る。
見つかるかもしれないと焦りながら、夜風に花がしおれないように気を付けて、ナタクの部屋の窓に辿り着いた。
息を軽く整えて、こっそり中に忍び込む。
最初、誰もいないのかと思った。
しんと静まり返った部屋は、やけにうすら寂しかった。
「ナタク……?」
呟いた声が闇に解ける。
こんな寂しい場所にいるわけがない、部屋を間違えたんだ、と思って、くるりと窓の方を向いた瞬間、雲が晴れて、うっすらとした月光が窓から降り注いだ。
「……あ……」
寂しく静まり返った部屋の中に、死んだように横たわる友の姿を見つけ、悟空が声をあげる。
「ナ……タク?」
恐る恐る呼びかけるが、滑らかな瞼は閉じられたまま。
なぜか、どうしようもない不安に襲われて、悟空はその体に触れる。
暖かい。確認して、ほっと息を吐く。
耳をすませれば、微かな寝息が聞こえてくる。
起こしてはいけない気がして、悟空はナタクの手に重ねた指に、そっと力をこめる。
「ナタク……」
呼びかけると、ナタクが小さくうめいた。それに驚いて、思わず手を離す。
目を覚ましたわけではなかったらしく、ナタクはまた静かな寝息を立て始めた。
なぜか苦しいような気持ちになって、悟空はもう一度その手を握った。
「ナタク……。元気になったら、一緒に遊ぼうな」
そっと、持って来た花と手紙を枕元に置く。
静かな寝息で自分を安心させ、悟空は来た時と同じように見つからないように出て行った。
………………会う前よりも、寂しそうな表情を浮かべて。

侍女たちに起こされるよりも珍しく早く目がさめた。
きっと、いつもより昨日の眠りが安らかだったせいだろう。
だが、何故眠りが安らかだったのか、と首を傾げながら寝返りを打って、ナタクは枕元に置かれた花と手紙を見つけた。
跳ね起きて、手紙と花を見比べる。
一体誰が、と思って、ふと、花の茎に絡まっている一本の茶色の長い髪を見つける。
「あいつ……来たのか?」
まだ名前も聞いていない、でも確かに友達といえる少年の顔を思い浮かべ、まるで壊れ物でも扱うように慎重に手紙を開いた。
ミミズに墨をつけて這いまわらせたようなひらがなで、「なたくへ」という言葉から始まる、長く、読み辛い手紙。
ずっと会えないから見つからないようにこっそり夜に会いに来たこと、怪我の様子を気遣う、拙いけれどまっすぐな言葉。
一言一言を、噛み絞めるように読んでいく。
『おみまいには、はなかメロンだっててんちゃんがいったので』
「……馬鹿。ならメロン持って来いよな」
笑いを混ぜて呟く声が、今まで聞いたことのない声だった。
「…………あれ?」
文字がぼやけて見えない。早く読みたいのに。
頬を伝うものがあるのに気付き、拭ってみる。
「……何、これ………」
温かい、頬を濡らす滴。
「……何で、俺………」
今まで、流したことのなかったもの。
「何で、………泣いてんだろ」
どんなに苦しくても、痛くても、泣いた時はなかったのに。
苦しい度、痛い度、だんだんと心が麻痺していって。
もう、凍り付いてしまったと思っていたのに。
なのに、何故。
『げんきになったら、ぜったいあそぼうな』
たった一言で、心が溶け出してしまうのだろう。
「うっ……えっ」
『殺人人形』としか見られていなかった自分。
初めて、一人の『ナタク』としてみてくれた人。
一晩中花の下においてあったせいか、抱きしめる手紙から、青臭い『外』の匂いがした。
その匂いを吸い込んで、ナタクはしばらく涙をこぼした。

誰か、僕を好きになってください
誰か、僕を僕として見てください
神様がどんなものか分かっている僕は、誰に祈ればいいんだろう
……あの、明るくまっすぐな金の瞳に祈ってもいいだろうか


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