我君と相知り…

三蔵一行が町に着いたとき、太陽はちょうど山の頂上に頭を隠そうとしているところだった。
「何とか、着きましたね」
八戒がほっとしたように言うが、同乗者はその声を聞いていなかった。
「お、何かいけてる姉ちゃん多いじゃん?」
「なあなあ、腹減ったぁ」
「うっさい黙れ」
もともとこういう人たちなんだと、もう諦めているから、返事がなくても気にしない。
「三蔵、早く宿を探さないと」
ハリセンを持ち出してうるさい連中を黙らせようとしている三蔵に声をかける。
「宿っつってもさあ、何かこの周りソッチ系の場所しかなさそうなんすけど?」
周りを見回しながら、悟浄が言う。
「ソッチ系って?」
悟空が聞き返すが、誰も返事をしない。
目が痛くなりそうな派手な色の明かり。
気だるい空気。
女たちが自分たちを見る、思わせぶりな視線。
自分たちがいるのが、歓楽街と言われる場所であることはすぐ分かる。
「……普通の宿、見つかりますかねえ?」
「ああ、何とかなるなる。いざとなったらソレ系のとこ泊まればいいし。大丈夫顔見られたりしないから」
「……詳しい人がいてよかったですよ」
とりあえずジープから降り、竜形に戻させる。
「んじゃ行きますか」
「頼みましたよ悟浄。こういう知識に汚されてるのはあなたしかいないんですからね」
「……………。はいはい」
あんまりな言われように少し脱力しながら歩き出した悟浄の後ろに、三人が続いた。
「……なんか、聞こえる」
不意に悟空が言い出して、三蔵が振り向いた。
「歌。どっかから」
「ああ。あそこの二階からみたいですよ」
八戒が指差した先には、なるほど楽器を持った女性のシルエット。
賑わった歓楽街の中、不思議とよく通る声だった。
「何て歌ってるんだろう」
「珍しいな悟空。お前が食い物以外に興味示すなんて」
茶化す悟浄に、うっさいな、と悟空が言い返す。
その間に、八戒は歌声に耳を澄ました。
歌声は、何度も同じ歌詞を繰り返しているらしい。 

上や 我君と相知り
長命絶え衰えること無からんと欲す
山に陵無く江水渇くるを為し
冬雷震震として夏に雪雨
天地合すれば乃ち敢えて君と絶たん

「……ああ、これ『上邪』っていう詩ですよ。僕聞いた事あります」
「どんな詩?」
尋ねる悟空に、思い出すために八戒はもう一度歌に耳をすませた。
「『天よ、山が平地になり、川の水が涸れ、天と地が一つとなり、世界が終わらなければ恋人とは別れられない』って言う詩ですよ」
「強烈だよな、それ」
悟浄が感心した声で言う。
愛を天に宣言する詩。
誇り高く、自信に満ちた。
楽器を爪弾き歌われるそれに、悟空はじっと耳をすませていた。
「おい。そろそろ行くぞ」
三蔵が苛立ったように言う声に、やっと我に戻る。
「さっさと宿を見つけねえと、マジでそこの赤河童の言った通り連れ込みに入らねえといけなくなる」
「ああ、そうですね」
行きますよ、という八戒の言葉で、もう一度足が動き出す。
歌は、まだ聞こえていた。

普通の宿が見つかったのはいいが、二人部屋しか残っていなかった。
仕方なく部屋割りをし、食事をして部屋に引き上げたのは、もう十時過ぎ。
風呂に入って悟浄が部屋に戻ってくると、悟空はじっと窓の外を見ていた。
少し離れたところにある、歓楽街のさまざまな色の明かりをじっと見つめている。
窓に両手と顎を預けてじっとしている悟空に声はかけず、ビールのプルドップを上げながらベッドに腰をおろした。
さっき聞いた歌声が、風に乗って聞こえてきた。
部屋に入ってきたときには角度の違いで聞こえなかったのだろう。
悟空がじっとしている理由はこれか、と思ってビールを口に運ぶ。
「………山が平地になり、川の水が涸れ、天と地が一つとなり、世界が終わらなければ恋人とは別れられない、かあ」
不意に、ポツリと悟空が呟いた。
「俺ならそんなことがあっても別れないな。絶対一緒にいる」
「……三蔵と?」
実感のこもる声だったので、思わず聞いてしまった。
悟空はちら、と悟浄のほうを見た。別に照れている様子は無い。
「――――うん」
やはり歓楽街の方を見ながらの返事は、普通の口調で。
茶化すつもりで聞いたことではなかったし、聞こえてくる歌声が、綺麗で。
なんとなく、照れたりせずに納得してしまった。
「そっか」
「うん」
夜風がひんやりとして気持ちいい。
「……うん」
なんだか、悪くない気分だ。


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