コーポウエストの一日
そこは、買い物には便利だけど別に都会というわけではない、ありふれた町にある、快適ではあるけれどそこまで広いわけではない、まあ中くらいのランクのマンション、「コーポウエスト」。 一階に二部屋ずつ、全十一階建ての建物の七階には、二組の御夫婦が住んでいました。 とっても仲睦まじいお二組は、ご近所でも評判のラバップルでした。 今日は、そんなお二人の一日を覗いてみましょう。 朝。 「んーっと、洗濯は終り☆」 701号室のベランダで、洗濯物を入れていたバケツを片付けた悟空奥さんは、愛用のピンクのエプロンの裾を閃かせて部屋に戻りました。 旦那様の三蔵さんは毒吐きで有名なライターさんですが、今日は朝早くからお仕事で出かけています。 お掃除もお洗濯も終り、お買い物もまだ先で大丈夫です。 旦那様はお昼はいらないといっていました。 すっかりやることがなくなって、悟空奥さんは暇になってしまいました。 「そうだ、八戒の所に行こう」 思いついて、悟空奥さんはうきうきと玄関に駆けていきました。 一方、こちらは702号室。 悟空奥さんよりベテラン主婦の八戒奥さんは、旦那様の悟浄さんが起きるより大分早くに起きて家事をやってしまったので、とても暇でした。 図書館から借りて来た本も、たった今読み終わってしまいました。 後で土方をしている旦那様に持って行くお弁当も用意ができてしまい、本当にすることがありません。 特売の日なら朝から買い物に行くのですが、今日は普通の日なので、旦那様が帰る時にお迎えに行って、一緒に5時からの値下がり品を買う予定です。 ワイドショーが面白くないので、電気代の無駄遣いをしないためにもさっさとテレビを消して、午後からは何をしよう、と考えていました。 月曜日なので図書館も閉っているし……。 「……悟空、今暇ですかね?」 家事の途中だったら手伝おう、と考えて、八戒奥さんは腰を上げました。 一方その頃、旦那様たちはお仕事中です。 三蔵さんは、ヘビに睨まれたカエル状態で萎縮している担当さんと打ち合わせをしています。 別に三蔵さんの機嫌が最悪なわけではないのですが、担当さんは仏頂面の三蔵さんを相手に四苦八苦しながらお仕事の説明をしていて、三蔵さんは帰りたいと思いながらも一応聞くことは聞いています。 悟浄さんはといいますと、「嫁さんもらってからよく働くようになった」と親方さんにいわれる通り、持ち前の馬鹿力で頑張っています。 お仕事の後、奥さんとプチデート(お買い物)をして帰って、奥さんの手料理とビールを味わうのが日課です。 ある意味一番幸せな人です。 でも、夜遊びが許されないのがちょっと寂しいところですが。 「あれ、八戒出掛けるの?」 ドアを開けた悟空奥さんは、八戒奥さんがほぼ同時に家から出てきたのを見て、ちょっとがっかりしたように声をかけました。 「俺、八戒のところに行こうと思ってたのに」 八戒奥さんは苦笑しながら言います。 「いえ、僕も悟空のところに行こうと思って……」 八戒奥さんの言葉に、悟空奥さんの瞳が輝きます。 「本当? うちに来る? それともそっちいっていい?」 「そちらにお邪魔して良いですか?」 セキュリティ&喧嘩上等タイプの管理人さんがいるマンションですが、一応鍵を閉めることは<忘れません。 悟空奥さんにスリッパを出してもらって、のほほんとおしゃべりをしていました。 ふと、八戒奥さんはテーブルの上の数冊の本に目をとめました。 どうやら、初心者向けのお料理の本のようです。 悟空奥さんは主婦もお料理も一年生なのでまだまだいうまく行きません。 文明の利器、炊飯器でご飯は炊けますが、おかずの方はとっても、…………な感じです。 だから、おいしいご飯を食べるためには、こういう者が必要なのでしょう。 ちなみに、悟空奥さんの得意料理は目玉焼きです。 何となく、三蔵さんに同情しつつ、八戒奥さんは悟空奥さんに言います。 「悟空、よければ僕が教えましょうか?」 「え?」 「本を見ても解らないところがあるでしょう? 毎日とはいかないかもしれませんが、僕が教えられる範囲で教えましょうか?」 「本当!? うんうん! 教えて!」 さっそく、と言わんばかりの悟空奥さんに、八戒奥さんはにっこり笑いました。 「でもちょっと待ってくださいね。旦那様にお弁当を持っていく時間ですから」 昼。 休憩の合図があって、皆だらだらとお弁当を買いに行ったり持参したお弁当を取りに行ったり<しています。 そのなかで、悟浄さんはのんびりと汗を拭いています。 「悟浄、今日は愛妻弁当か?それともほか弁?」 親方の独角さんがニヤニヤ笑いながら聞きます。 奥さんを怒らせてしまった次の日は、悟浄さんのお昼はほか弁(しかものり弁)なのです。 そして、いつもは二人一緒に食べています。 なんとも分かりやすいですねv。 「愛妻弁当に決まって……」 「悟浄ー! お弁当持って来ましたよーvv!」 言いかけた所で奥さんの声が聞こえて、悟浄さんは振り向きました。 見ると、八戒奥さんは木材やセメントが置いてある中を入ってきています。 「おい八戒! 危ないから入ってくんな!」 親方さんを放って、悟浄さんが慌てて走り寄ります。八戒奥さんはきょとんとして立ち止まっています。 「現場に入ってくんなよ。怪我したらどうすんだ」 「す、すいません」 怒られて少し落ち込んでいる八戒奥さんの手を引いて、悟浄さんは現場の外に連れて行きます。 「いいって、怪我なかったんだから。今度から気ぃ付けろな? ……今日は大量に作ってきたよな。公園で食うか?」 「ええ、悟空も一緒にきてるんですよ」 「え? 三蔵は?」 「仕事で出かけてるらしいんです」 会話しながら現場の外に出ると、悟空奥さんは水筒を持って走ってきました。 「よお悟空。料理の腕は上がったか?」 「………き、今日から八戒に教えてもらう」 ちょっと気まずげな笑みを浮かべて言い返した悟空奥さんと3人で公園に行ってお昼を食べました。 いつものその風景を、クリーニング屋さんの制服を着ている銀髪の男の人がじっと見て、八戒奥さんの笑顔を隠し撮りしてたりしますが、3人は気付きません。 食べ終わったら、悟浄さんは現場に、奥さん達はおうちに戻ります。 「帰りは?」 「いつも通り。買い物行くんだろ?」 「ええ。じゃあ後で」 夕方の約束をして、空のお弁当箱は悟空奥さんが持って帰ります。 二人は、現場に戻った悟浄さんが同僚と親方さんに冷やかされてどつかれまくっていたのも知らず、帰り道に通りかかった薬屋さんの特売のトイレットペーパーを買って帰りました。 2時間後、八戒奥さんは思い切り、悟空奥さんにお料理を教えると言ったことを後悔していました。 「あれ? 何でこうなるんだろ?」 「……悟空、鉄のボールはレンジに入れちゃいけないんです…………」 「え? そうなの?」 悟空奥さんは主婦もお料理も1年生。そして、……ちょっとだけ、不器用だったりします。 「ここに切り目を入れてくださいね」 とニンジンを差し出すと、力加減を間違えて全部切ってしまったり。 「大さじ1杯です。おなべの上で計るんですよ」 と言ったら、瓶を傾けすぎて大さじ5杯分くらい醤油を入れてしまったり……。 普段何を食べてるんだろう、と不思議に思ってしまいます。 でもまあ、1度した注意は2度しなくても大丈夫と言うほど吸収はいいのです。 ただ、ありとあらゆる事を注意してあげなければならないだけで。 ぐったりとしかけている八戒奥さんの前で、何とかまともに料理が出来かけていました。 2人が一生懸命料理をしている頃。 糸目で紫髪(ところにより銀メッシュ)の、クリーニング屋さんの制服を着た男が702号室に細工をしようとしています。 「ふふふ、貴方の日常を聞かせて頂きますよ、猪悟能」 どうやら、ストーカーのようです☆ 「よし、出来た」 「ほーお」 やっと作業が完了して一息吐いた男の背後で、いきなり声がしました。 ぎくりとしてゆっくり振り向くと、このマンションの管理人さんが立っています。 肩にかかったウエーブヘアを背中に払って、管理人さんは剣呑に笑います。 「監視カメラで不審な動きをしてるのが見えたんでな」 ゴ−ジャスな美貌に、ゴージャスな格好をしている管理人さんに、男の人は固まっています。 その襟首を、管理人さんはいきなり、ガシ、と掴みました。 「面白いことをしてるな。詳しく話を聞かせろ」 「は?」 聞き返す男の人に構わず、管理人さんは管理人室に男の人を引きずっていきます。 それ以降しばらく、その男の人がこのマンションに近付くことはなかったそうです。 三蔵さんがお仕事の後文具店に寄ってお家に帰ると、台所でおいしそうな料理と、すごく楽しそうな悟空奥さんと、疲れ果てた八戒奥さんが待っていました。 2人とも、何だか小麦粉やソースでエプロンが汚れています。 大体の事情は察しました。 ちょっと、いえかなり八戒さんに同情してしまいます。 「これ八戒に教えてもらったんだv」 「………見れば分かる」 三蔵さんが荷物を悟空奥さんに渡していると、八戒奥さんは時計を見て立ち上がりました。 「あれ、八戒帰んの?」 「ええ。お買い物に行かないといけないので」 「あ、俺も行ってない」 それ以前に、お夕飯の準備に4時間かかってます。 「じゃ、一緒に行きますか?」 うん!と頷いた悟空奥さんが三蔵さんを見ます。 嫌な予感がしますが、一応聞いてみることにします。 「……………何だ」 「一緒にお買い物しよ、三蔵v」 「………………」 しばらく三蔵さんの不機嫌そうな視線と悟空奥さんのおねだり光線がぶつかり合っていましたが、結局三蔵さんはさっさと用意をして来いと言ってしまいました。 「やったあ、ダブルデートv」 八戒奥さんは、やっぱり奥さんには弱いんだな、と思わず感心してしまいました。 「これうまそう!」 「これよりこっちのほうが安いし美味しいですよ」 「八戒、見切りシールつきのやつ持って来たぜ」 「あ、ありがとうございます」 午後5時のスーパーは戦場でした。 ベテラン主婦の方々が大量に押し寄せる中で、負けずに安くて良いものをきちんと買っていく奥さんと、一生懸命真似している悟空奥さんのやや後ろで、三蔵さんは圧倒されていました。 店員さんがあおる声も何だか怖いです。 「………喫煙コーナーで待ってる」 言った三蔵さんに、鋭く悟空奥さんが言います。 「駄目! この卵『お一人様2パック限定』なんだから!」 「………………」 セールになると人格変わるよな、と思わず思ってしまいました。 おうちに帰って、それぞれお夕飯です。 2組ともラブラブラブラブvvvvしてます。 702号室では。 万年新婚カップルのお二人は、晩酌しながらご飯中です。 「悟浄、おかわり食べます?」 「もちろん! この煮物上手いぜ、八戒v」 「……貴方が食べてくれるのに、手抜きなんて出来ませんよ」 701号室では。 三蔵さんの性格的に、あまりいちゃいちゃは……。 「三蔵、はい、唐揚げ。あ―んv」 「………(ぱくり)」 ……してました。 ………。 …………ごちそうさまですv。 そして夜。 夜です、が………。 『ここからはプライベート』と、旦那様ストップがかけられてしまいました。 ……一体何してるんでしょうね(苦笑)? ちょっと残念ですが、これで1日はお終い、です。 では、おやすみなさい☆ |
12345HITのキリ番リクエストその2
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